やがて遊女になる運命の少女『扇島歳時記』高浜寛

2020.10.19 Monday

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    丸山遊女の切ない恋を描いた『蝶のみちゆき』の、地続きの続編『扇島歳時記』。明治維新直前の長崎・丸山遊郭と、出島を舞台にした物語です。

    『蝶のみちゆき』の主人公・几帳の禿だった「たま」の、少女でいられる短い時間を季節の移り変わりとともに描いています。

    『扇島歳時記』あらすじ


    「大人になんて、なりたくない。」誰しも一度は思ったことがある思春期の思い。けれど、郭(くるわ)で生まれそたった「たま」が大人になるということは、遊女になるということ。

    「たま」は、『たけくらべ』の美登利のように、将来を運命づけられています。けれども「たま」は、そんな将来を悲観することなく、明るく空想が好きな少女。郭育ちでありながら男女の色恋にも疎く、実年齢より体も心も幼く見える。

    几帳のなじみ客であったオランダ人のトーン先生や、オランダ領事館の料理人・岩次、遣り手婆のおたきさんたちは「たま」を不憫に思いながら、彼女の成長を心配しつつ見守っている。

    一方、岩次の養子・百年は、友人のヴィクトールとつるんで、商売や遊びに精を出す。百年の大胆な行動の裏には、なにやらフランスでの苦い経験があるらしい。

    出島の父親に引き取られたヴィクトールは、日本人の継母と、混血の異母兄弟に囲まれ、鬱屈した日々を過ごしていた。そんなとき、出島で美しい日本の少女「たま」に出会う。ヴィクトールは彼女に淡い思いを抱くのだが…



    少女の時間と幕末長崎の群像劇


    『扇島歳時記』は主人公「たま」のほかにも、『ニュクスの角灯』の百年や友人のヴィクトール、岩爺などおなじみのキャラクターが登場します。

    たまの成長とともに、幕末の出島群像劇といったストーリー展開になっているので、『ニュクスの角灯』から10年前の(やさぐれている)百年やヴィクトールの青春時代や、出島の役人や出入りの商人の様子などが描かれています。

    幕末の出島には、さまざまな人が出入りしていました。「たま」の姐女郎ように遊郭から個人宅へ派遣される遊女の他にも、外国人向けのバザールとして、日本の商人も出店していたり、出島内で働く日本人もいたんですね。

    オランダ人に雇われている元奴隷のアフリカ人、出島の中で商売をしている外国人など、実に多様。そしてそこでは世界や日本の情勢、商売の情報などが交換されています。

    『ニュクスの角灯』を先に読んでいたので、登場人物の未来の姿はわかっているのですが、彼らがどうやって幕末を乗り越えていったのか、そして「たま」はどんな思いで少女時代を終え、遊女となっていったのか。

    彼女の無邪気な言葉の中には、過酷な運命がさらりと語られていて、大人たちも、読んでいるわたしたちも胸を掴まれます。
    「たまは太夫衆か見世か並(それぞれ遊女のランク)にしかなれんのですえ。だから たま 太夫衆になりたいのえ。」


    無垢で美しい「たま」の少女時代はいつ終わってしまうのか。季節はめぐり、やがてそのときはきてしまうのでしょう。せめて「たま」が今の純粋さを失わずにいられますように。

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    『蝶のみちゆき』高浜寛

    2020.10.16 Friday

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      幕末・長崎の丸山遊郭を舞台にした『蝶のみちゆき』。設定も人物もストーリーも、なにもかもがすばらしい。
      蝶のごとき花魁の、はかなくも美しい生涯を、美しいタッチと詳細な心理描写で描いています。

      『蝶のみちゆき』あらすじ


      丸山遊郭の太夫・几帳は、美しいが変わり者。太夫は好かない客を降ることもあるのに、几帳は金さえつめば客を選ばない。みなが嫌がる出島での異人の相手も率先してつとめてゆく。

      出島のオランダ人、トーン先生にも贔屓にされ、太夫として栄華を極める几帳。しかし、彼女には秘めた思いがあり、その目的のためなら「張り(気に入らない客を降るプライド)のない」、金ずくの客の相手もしてみせるのだった。



      濃厚な性と死


      遊郭という場所は、客に見せる表は百花繚乱。豪華な食事にきらびやかな装飾、美しく床上手な遊女を相手に、男はこの世の極楽を味わうことでしょう。

      けれどその裏では梅毒による腫瘍(ボク)、見受けもままならない借金、心を通わせた男の浮気など、表側が美しい分、光の当たらない遊女たちの裏側は生き地獄。

      姐女郎の転落や、家族からの軽蔑を受けながらも、それでも几帳は凛として絢爛豪華な地獄を生き続けています。

      ここが一番いいところ…


      物語がすすむにつれて、几帳が隠していた事実が明らかになっていきます。身請けしてくれた夫の病と義理の息子のため、再び遊郭で働く決意をしたこと。家族のために医者であるトーン先生を利用し、傷つけてしまったこと。

      すべての悲しみ、苦しみを抱えて、それでも几帳は太夫として咲き誇る。やがて朽ちていくまで。

      妹女郎の「たま」に「ここが一番いいところ」だと語る几帳の、本当の思いはどこにあるのだろう。

      遊郭の光と闇、雨のしずくで張りついた髪、太夫の絢爛豪華な衣装、几帳の肌の美しさ『蝶のみちゆき』には絵の「質感」が感じられ、いつの間にかその世界に入り込んでしまいます。

      特に、各話の最後に描かれた、闇の中にたよりなく飛ぶ蝶の挿絵が物語を暗示しているようで、切なくて怖くて美しい…。

      交錯する登場人物


      高浜寛さんの作品では、同じキャラクターが登場することが多いのですが、『蝶のみちゆき』の続編的な作品『扇島歳時記』は、几帳の禿で後に妹女郎になる「たま」が主人公。

      ニュクスの角灯』の百年(ももとし)や岩爺も登場します。


      JUGEMテーマ:漫画/アニメ



      おもしろライフハック『あつかったらぬげばいい』ヨシタケシンスケ

      2020.10.11 Sunday

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        相変わらずヨシタケシンスケワールドは面白くて、ちょっとドキッとさせられます。
        『あつかったらぬげばいい』は、その名の通り、暑かったら服を脱げばいい。寒かったら着ればいい。
        といった単純で、誰でもできる問題解決の方法が示されています。

        実をいうとこの本の答えって根本的な解決にはなっていない。
        でも、困りごとや悩みを、ほんのちょっとだけ楽にできる方法が描いてあります。

        中でも、私がすきな「すればいい」はこんな感じ。

        ・なにもかもどうでもよくなっちゃったら→コンビニでバカみたいにかいものすればいい
        ・ヘトヘトにつかれたら→はもみがかずに、そのままねればいい


        これはダブルで使うとさらに効きます。疲れちゃったらコンビニでおいしいお菓子をたくさん買って、食べて、たっぷり寝る。これだけでメンタルはだいぶ回復します。(長続きはしませんが。)

        こうした「〜すればいい」の方法が秀逸で、おもわずクスッとわらってしまったり、ドキッとしたり、え?それでいいの?と思う答えもあるのですが、問題解決って実はそんなに完璧にやらなくていいし、まずはちょっとやってみるというのが大事なのかもしれません。

        ・せかいが かわってしまったら→じぶんも かわってしまえばいい


        今は世界が大きく変わってしまっている今だからこそ、ヨシタケ目線で楽しみながら日々を送りたいものです。

        ただ、ヨシタケさんご本人も行き詰まることがあるらしく、こんな「〜すればいい」を提案しています。

        ・きょういちにち なにもすすめられなかったら→136おくねんのうちゅうのれきしにおもいをはせればいい





        JUGEMテーマ:オススメの本



        『小さなピスケのはじめてのおてつだい』二木真希子

        2020.10.09 Friday

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          『小さなピスケのはじめてのおてつだい』は、ねずみに似たジュムジュムという動物の女の子、ピスケの冒険や生活を描いた『小さなピスケ』シリーズの第3段。

          『小さなピスケのはじめてのおてつだい』あらすじ


          森の中の家に住むピスケは、木の実で粉を作って、それを町で売って生活をしています。ある日、落ち葉の中で眠っていた小さな男の子、クムを助けます。

          クムくんは町の子どもで、どうやら家出をしてきたようです。しかし、クムはなかなかやんちゃな子で、世話になったおじさんのお家でも、椅子にいたずらをして追い出されたらしい。

          ピスケがお掃除をしたり、世話を焼いたおかげでクムとおじさんは仲直りするものの、ある日おじさんが病気になってしまう。ピスケが町に行っていたため、クムはお医者さんを呼びに行こうと一人で町に向かうのだけど…



          新しいコミュニティ


          今回ピスケは、迷子の小さな男の子、クムくんに振り回されながらも、クムの両親をさがしたり、風変わりなおじいさんと知り合ったりします。

          クムくんはかなりわがままできかん坊なのですが、それでもピスケは見捨てずに世話を焼いてあげます。

          これまでのピスケシリーズでは、新しい場所に住み、生活が安定するまでが描かれていました。

          今回の『小さなピスケのはじめてのおてつだい』では、大変なこともあったけれど、遠くからひとりやってきたピスケが、新しいコミュニティに受け入れられていき、これでようやくピスケもこの地域の子になれたんだなと、読んでいてほっとしました。

          なんだか、魔女の宅急便のキキの成長にも通じるところがあります。

          丹念に描きこまれた世界


          ピスケのお家や、森の樹々、雑貨屋さんのいろいろな商品など、詳細に描きこまれた世界が魅力的な『小さなピスケ』シリーズ。二木さんの繊細な描写で、ピスケの生きている世界の中に入り込むことができるのです。

          ピスケが落ち葉を踏むかすかな音(たぶん人が踏むより軽やかな感じ)や、暖炉のパチパチと爆ぜるような音が聞こえてきそう。

          『小さなピスケ』シリーズの第一作。ひとり立ちした女の子・ピスケが自分の家を決めるまでのお話。



          二木さんは宮崎駿監督の右腕と言われた名アニメーターでしたが、数年前に他界され、もうこのピスケシリーズを読むことができないのは悲しいことです。

          しかし、この『小さなピスケのはじめてのおてつだい』は、二木さん亡き後、残された絵をもとに出版社が制作したものだそうです。

          二木さんの遺稿を世に出したい、読み続けたい。そんな人々の思いがつながっていて、一つの絵本にいろいろな思いが詰まっているのだと感じました。

          こちらの『世界の真ん中の木』という本も、未収録原稿を含めた形で再販されています。1989年から愛されている本がこうして再販を繰り返して読まれるってすてきですね。

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          二木真紀子作品感想


          ちいさなピスケのはじめてのともだち→
          ちいさなピスケのはじめてのたび→
          ・「世界の真ん中の木」→

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          『数字の嘘を見抜く本』田口勇

          2020.10.08 Thursday

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            我々の周囲は難解な数字だらけです。身近なところでは消費税10%から、3割引に10%還元、99%除菌など、インパクトはあっても実際のところ、どれがお得で、どこまで除菌できるのかはいまひとるわからない。

            『数字の嘘を見抜く本』では、そんな世にあふれるわかりにくい数字のからくりを、数式や統計法によって解明していく本です。統計を正しく伝えるという意味では世界的ベストセラーの『ファクトフルネス』に近いかもしれません。



            コロナウイルスに関する数字


            2020年時点でいちばん関心のある数字と言ってもいい。コロナウイルス関する数字についても取り上げています。
            「体温37.5度は、あくまでも目安のひとつで、それだけで判断するは危うい」
            たしかに、走って会場についた人が検温したら体温上がって入れなかったって話をSNSで読んだことがあります。

            コロナウイルスは感染者数だけでなく、様々なデータを比較・検討して冷静に判断することが大事ですね。

            東洋経済オンラインでは新型コロナウイルス国内感染の状況を様々なデータを提示しています。グラフ化してあるのでわかりやすいです。


            お金に関する数字


            ここでは、平均所得を例にとって「平均が必ずしも正しいわけではない」というのを示しています。

            たとえば100世帯のうち、一世帯だけが資産10億、それ以外が資産0の世帯だったとしても、平均所得は1000万円になってしまう。

            こうした極端な数値には注意が必要ですが、それだけインパクトが強いので信じてしまいますし、マスコミも刺激的な内容に仕上がるので数値だけを強調しがちです。

            そうした極端な数字には中央値や標準偏差など、ほかの算出方法をあわせて計算するのがいいそうです。

            数字を疑え


            世の中にあふれる数字の中には、実は適当なものや、都合のいいように集計しているデータなどが存在していて、それらを疑うことの大切さを伝えています。

            よく言われる「1日分の野菜量350g」についても実は具体的な理由はない。という真実には驚きました。野菜の平均摂取量をもうちょっと上乗せしとけ、くらい感覚だったらしい。

            あと、うまい儲け話として「年利10%」などの高利回りの投資が詐欺だったりしますが、そうした詐欺に騙されないためにも一般的な利回りがどれくらいなのかを(4%くらいだそう)把握しておいた方がいいそうです。

            まあ、詐欺師も商売なので疑っていてもうまく騙そうとするのでしょうが…。


            『ファクトフルネス』はどちらかというと、数字は正確でも、人々が心理的なバイアスでそれを信じないことについて書かれています。

            FACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣

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            『楽園の烏』につながるホラー短編『烏の山』

            2020.10.03 Saturday

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              八咫烏シリーズ『弥栄の烏』から、『楽園の烏』の間の出来事をつづった短編『烏の山』。
              現在、文芸春秋のサイトで無料で読むことができます。

              八咫烏シリーズ 幕間 『烏の山』

              『烏の山』あらすじ


              あるカップルが旅行中、山で道に迷う。たどりついた湖のほとりには、たくさんのこどもたちがいた。
              こどもたちは、こちらをじっと見つめてきたかとおもうと、いっせいに「コンニチハー」を繰り返す。それも日本語らしからぬイントネーションで。

              ふと見ると、空にはたくさんの烏。それも普通の烏よりも大きい。

              ほうほうの体でその場を逃げ出した男は、後日、その場所をネット上の地図で確認すると、そこには…

              文芸春秋のサイトの他、阿部智里さん関連の電子書籍でも読むことができます。



              本当の恐ろしさは…


              『烏の山』はホラー仕立ての、ちょっとゾッとする物語なのですが、この話の本当の恐ろしさは『楽園の烏』を読み終わったあとにわかるんです。

              あー!あれ!山内の世界で雪哉がやったあれが、こちらではこういうふうにつながって…って、怖っ!

              ラストの展開も、男が急に見ている映像が変わるところが、本当に怖い。そして、最後に写っていたあの人は…

              はやく、続編が読みたいです…。

              心の処方箋『危機を乗り越える マインドフルネス』

              2020.09.25 Friday

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                病は気からというけれど、病は無理でもせめて気の部分を整えられれば、毎日が少し楽になる。
                特にHSPの方必見。

                私はHSPです。ささいなことでも気にしては落ち込み、悲しいニュースや残酷なものたがりに心を痛めがちです。

                そんな私は、コロナ禍のご多分に漏れず、心をやられて落ち込む毎日を過ごしていました。
                ・コロナに感染したらどうしよう
                ・感染させたらどうしよう
                ・友人や家族と会えないのがつらい
                ・これから働き口があるだろうか

                など、ぐるんぐるんと不安が禍を巻いて襲ってきました。なんとか、この状況を打開したい、藁をもすがる気持ちで読んだのが『危機を乗り越えるマインドフルネス』です。



                マインドフルネスや瞑想に関しては、以前読んだアジャン・ブラム『マインドフルな毎日へと導く108つの小話』でなんとなく概要は知っていたのですが、この本ではより実践的に「今ここ」を意識することで、心と体を鍛えていくトレーニングとその効果について伝えています。

                具体的なトレーニング方法


                私は今まで、さまざまな心理関係の本をよんできましたが、どれも具体的に(そして簡単に)方法を教えてくれませんでした。

                しかし、この本では「(最低でも)1日10秒、呼吸に集中する」こころに浮かんだ不安を「〜と考えた」とつけることで気持ちを客観視することなど、具体的で、しかも簡単な方法を教えてくれました。

                マインドフルネスとコロナ対策


                マインドフルネスが直接的にコロナかからなくなるわけではありません。ただ、感情や行動を客観視することで、不安を少なくし、注意力や免疫力をあげることはできます。

                コントロールできないことに、気持ちを引きずられないというのも大事なことなんだとか。『マインドフルな毎日へと導く108つの小話』でも、僧であるアジャン・ブラムの説話としてマインドフルネスを伝えているのですが、コントロールできない歯の痛みを「放っておく(なんとかしようとしない)」ことで痛みによる不安が消えるのだとか。

                ちょっと抽象的ですが、たとえ話として読んでいくと、いつの間にか納得してしまいます。



                客観視することの大切さ


                間違ったりミスをしたりすると、他人からも、そして自分も自分を攻撃されてつい「自分なんて…」と落ち込んでしまいます。マインドフルネスでは、集中が途切れて不安な気持ちも、それを認めることがトレーニングにつながるので、ほんの少しで自己肯定感があがります。

                HSPである私は、「断れない、嫌われたくない」という思いが強く、嫌なことを嫌といえず、苦しんできました。しかし、このコロナ禍で、人と会う機会が減ったことで、逆にこれまでの人間関係を見つめ直すきっかけになっています。

                さらにこの本を通じて、人との接し方や考え方を学んだことで、自己肯定感を高める訓練ができるようになりました。

                これからまた、外へでて新しい人間関係を築く時、この本で学んだことを活かしたしていけるよう、日々マインドフルネス修行を心がけています。

                JUGEMテーマ:最近読んだ本



                『 羽の生えた想像力 阿部智里BOOK【文春e-Books】』(電子書籍)

                2020.09.14 Monday

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                  『烏に単は似合わない』から始まった和製ファンタジー、八咫烏シリーズの作者阿部智里さんのファンブック
                  『羽の生えた想像力 阿部智里BOOK』は前橋文学館で開催された企画展に合わせて作成された冊子です。

                  新しい時代のファンタジー作家を育んだもの


                  この冊子では作家・阿部智里のバックボーンについてインタビュー形式で紹介されています(インタビュアーは萩原朔太郎の孫で前橋文学館艦長の萩原朔美)。

                  小さい頃から「作家になる」と思い続け、高校時代すでに『玉依姫』の原型を手掛けていた阿部先生。しかし、そのまま小説を書くことだけに集中せず、部活動にも所属し、さまざまな実体験を積んでいきます。
                  小説以外からの体験やインプットを大事にされていたからだそうで。

                  生い立ちを拝見すると、阿部先生の生い立ちって『精霊の守り人』の作者・上橋菜穂子先生と少し似ていますね。阿部先生も上橋先生も、友人や家族、先生方といった周囲の方々が、作家になる道を後押ししてくれる環境があり、若い頃から作品を書き続けている。

                  そして、上橋菜穂子先生も文化人類学でのフィールドワークや、旅先での実体験を大事にされている作家ですから。



                  松本清張賞


                  冊子には『烏に単は似合わない』が松本清張賞を受賞した際の審査員のコメントが掲載されていますが、受賞したのにも関わらず、案外けちょんけちょんにけなされています。審査員さんたち、結構容赦ないな…

                  まあ確かに、『烏に単は似合わない』は読んでいてよくわからないシーンとかはありましたけれど、物語の展開や世界観は素晴らしいです。

                  シリーズを重ねるほどに筆致も冴えていき、『楽園の烏』ではアクションのシーンなどもスピーディーで臨場感がありました。

                  ああ、こういう描写も書けるようになったんだなあ、すごいなあと、若い作家の成長が読めるのは、おばちゃん読者の楽しみだったりします。



                  新しい時代のファンタジー作家を育んだ土壌


                  阿部智里さんが群馬県出身と聞き、正直「群馬も変わったな」と思ったものです。私も阿部智里さんと同じ群馬県出身なのですが、群馬とは昔から勉強、特に文学系に弱い土地です。(あくまで個人の感想ですが)

                  過去には萩原朔太郎や田山花袋といった有名作家もおりますが、それも明治・大正の話。
                  私が青春時代をすごしたひと昔前の群馬は、そこそこ有名企業や工場が多く、就職に困らなかったので、よほど勉強したいと思う人以外は、高校や専門学校を卒業するとすぐに就職して車を買い、家を建てます。

                  なにも好き好んで、群馬で不要不急の文学なぞやる必要はなかったのです。

                  けれど、時代は変わり、群馬でも大学の数も、進学率も増え、選択肢が昔より容易になってきました。そんなときに生まれたのが「阿部智里」という作家でした。

                  『阿部智里BOOK』や八咫烏シリーズで描かれた山の風景や、阿部先生がインスパイアを受けた場所を知るにつけて、自分の故郷は素晴らしい文化遺産があるのだな、と気づかせてもらいました。昔は「なにもない」と思っていた場所が、こんなにも物語性にあふれているなんて、思いもよらなかった。

                  古い伝承を新たな感性で綴っていく阿部智里先生の今後に期待と愛をこめて。
                  感想というよりファンレターのような内容になってしまった…。



                  八咫烏シリーズ


                  『烏に単衣は似合わない』
                  『烏は主を選ばない』
                  『黄金の烏』
                  『空棺の烏』
                  『玉依姫』
                  『弥栄の烏』
                  外伝『すみのさくら』
                  外伝『しのぶひと』
                  外伝『ふゆきにおもう』
                  外伝『まつばちりて』
                  外伝『あきのあやぎぬ』
                  外伝『ふゆのことら』
                  外伝『なつのゆうばえ』
                  外伝『はるのとこやみ』
                  外伝『ちはやのだんまり』
                  外伝集『烏百花 蛍の章 八咫烏外伝』
                  コミカライズ『烏に単は似合わない』
                  第二部『楽園の烏』
                  『 羽の生えた想像力 阿部智里BOOK』

                  JUGEMテーマ:最近読んだ本

                  八咫烏シリーズ第二部『楽園の烏』阿部智里(ネタバレ含む)

                  2020.09.04 Friday

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                    いよいよ第二部がスタートした八咫烏シリーズ。『楽園の烏』は第一部『弥栄の烏』から20年後が舞台。
                    若宮や浜木綿、そして雪哉は…?表紙に映る女性はいったい…?
                    そんな期待とワクワク感は、読んでいくうち衝撃に変わりました。

                    『楽園の烏』あらすじ


                    安原はじめは、養父の遺産としてある山を相続する。父からは「どうして売っていいかわからない限り、売ってはいけない」と謎めいた遺言を残されたが、彼が相続人となった途端、山を売って欲しいという人物が押し寄せる。

                    一体その山にはなにがあるのか。「幽霊」と名乗る美しい娘の案内で、はじめは山に向かい、そこで「楽園」のごとく存在する八咫烏の住まう土地「山内」を知ることになる。

                    そこには博陸候と呼ばれる山内の統率者、雪斎が現れ、山内は八咫烏の住む土地だと説明をうける。



                    『楽園』とはなにか


                    はじめは、若い山内衆である頼斗とともに山内の観光にでかけ、「あんたにとって、ここは楽園か?」と問い続けます。そして誰もがみな「博陸候は慈悲深い。ここは楽園だ。」と答えます。

                    博陸候は、かつて谷間とよばれた暗黒街を掃討し住民にも新しい仕事をあたえ慈悲を持って接していると

                    安原はじめは、それがひっかかったんですね。全員が肯定する楽園なんて、楽園じゃないと。頼斗の語る博陸候への尊敬と理想も、怪しいの新興宗教のような、自分の理想を相手に押し付ける感じがするんですよね。

                    そういえば、過去に某国が海外にいた国民に帰還を促すキャッチフレーズは「地上の楽園」でした。娼婦を女工場へ「公正」させるのも、某大国が革命後に行った事業でした。

                    現在の山内には、それらに似た危うさを覚えます。

                    そして、すべて読み終えると、「楽園」の意味にゾッとします。

                    『楽園の烏』の少し前の物語『烏の山』。現在、文芸春秋のサイトで無料で読むことができます。こちらを読むとさらにゾッとしますよ…。
                    八咫烏シリーズ 幕間 『烏の山』

                    残酷で魅力的な作家


                    阿部智里という作家さんは、『烏に単は似合わない』ではラブストーリーの定番を覆し、『玉依姫』では、せっかく長続きしそうなシリーズの世界観を早々にネタバレさせ、「この作家、何する気なん?(群馬弁)」と思ったものです。

                    しかし、第二部ではさらに拍車をかけて、第一部の主要人物である雪哉を、第二部では冷徹で老獪な策士として登場させています。『弥栄の烏』で親友亡き後の雪哉がどうなっていくのか心配でしたが、まさかここまで冷徹になっているとは…

                    読んでいて思わず、「雪哉がオーベルシュタインになっている…!」とつぶやきましたよ。こんな変化ってある…?

                    さらに、これまでの登場人物たちが、どうやら悲惨な末路をたどったらしいと書かれていて、読み切った後に思わず「ちくしょうめ!(褒め言葉ですよ)」と口に出しましたよ。

                    残酷であるのに魅力的で、ページを捲る手がとめられない。ほんとうに恐ろしい作家だ…

                    ※「オーベルシュタイン」とは、田中芳樹先生の名作SF歴史絵巻『銀河英雄伝説』に登場する目的のためなら手段を選ばない軍師です。

                    「鍵」でひっくり返る可能性


                    あるいは、『烏に単は似合わない』のように、叙述トリックを使用している場合、まだ明かされていない「鍵」が見つかれば、状況が正反対にひっくり変えるかもしれない。とも思っています。

                    よく読み込んでみると、最初の方、はじめのセリフがラストの展開につながっていたりするので、それがセリフや細かい行動にヒントが隠れていそう。(今の所よくわからないけど)

                    無慈悲に見える雪哉の行動や、紫苑の宮(と思われる人)についても、これから驚くべき真実が現れるのかもしれません。でないと、長束がそのままの地位で山内に居続けることにも説明がつくんじゃないかと。


                    ここからネタバレ検証


                    [追記]金と朔王について


                    ・衝撃的な紫苑の宮の正体に引っ張られがちですが、実は「金」に関しても謎が多い。

                    ・山内の金を「欲」のために持ち出すと石に変わる。しかし、朔王がはじめに託した金は外に出しても無事。

                    ・朔王が私益ではなく、山内のためにと思ったからか?あるいは、第三の門は、山神の制約がきかない、山神と山内成立以前にあったものだとしたら…?

                    ・あるいは、朔王自身が門の役割、機能を持っている?だとしたら、探しても見つからないのは当然…

                    ・「はじめ」という名前から、はじめ→一(いち)→朔(ついたち、新月を現す)→朔王の連想はちょっと無理やりすぎる気がする。そこにもうひとつくらい理由がありそう。

                    金鳥について


                    ・20年後の金鳥は誰か。頼斗は雪哉のことををはじめに説明するのに「若き今上陛下より全幅の信頼…」と言っていた。奈月彦は雪哉より年上で「若き」という言葉に当たらない。

                    ・「幽霊」を紫苑の宮と仮定するなら、奈月彦、浜木綿はすでに死亡していることになる。

                    紫苑の宮について


                    そもそもなぜ、雪哉は紫苑の宮を(本当に)追い落としたのか?

                    ・雪哉は「山内の状況を知った上で反旗を翻す貴族」を駆逐しようとしている。しかし、紫苑の宮が反対勢力(大紫の御前?)側というのは考えにくい。

                    ・あるいは、紫苑の宮をわざと逃して、反対勢力の掃討後に呼び戻すつもりとか?

                    ・雪哉の政策は「八咫烏が(人形をとる)八咫烏でいるためのもの」であり、弥栄の最後で浜木綿が言っていた「ただの(人形をとらない)八咫烏でいいじゃないか」と相反する。

                    それが「幽霊」が語った「絶望的に意見が異なる」ことで、金鳥サイドと雪哉サイドとの対立の理由となり、雪哉が奈月彦たちを手をかけた…?

                    金鳥の名前


                    『弥栄の烏』で猿のオオキミが明かさなかった、八咫烏の神の名前。それがわかれば、力の衰えた山神の眷属ではなく、鳥神として存在することができる。
                    しかし、その名前は永遠に失われてしまった。第二部ではそれが明らかになるのか…?

                    私は、地方豪族が「金鳥が来る前からいた八咫烏」という描写に、もしかしたら地方に古い神の名前が、なにかのかたちで伝わっているのでは…?と考えているのですが…


                    八咫烏シリーズ


                    『烏に単衣は似合わない』
                    『烏は主を選ばない』
                    『黄金の烏』
                    『空棺の烏』
                    『玉依姫』
                    『弥栄の烏』
                    外伝『すみのさくら』
                    外伝『しのぶひと』
                    外伝『ふゆきにおもう』
                    外伝『まつばちりて』
                    外伝『あきのあやぎぬ』
                    外伝『ふゆのことら』
                    外伝『なつのゆうばえ』
                    外伝『はるのとこやみ』
                    外伝『ちはやのだんまり』
                    外伝集『烏百花 蛍の章 八咫烏外伝』
                    コミカライズ『烏に単は似合わない』

                    JUGEMテーマ:最近読んだ本



                    ミステリーランドシリーズ『ラインの虜囚』田中芳樹

                    2020.09.01 Tuesday

                    0
                      夏になると読みたくなるミステリーランドシリーズ。今回は『銀河英雄伝説』の作者、田中芳樹先生の『ラインの虜囚』です。ナポレオン没後のフランスを舞台に、ひとりの少女と、彼女を助ける3人のおじさんたちの冒険譚。

                      歴史の中に、冒険と活劇、そして謎解きが加わり、子どものようにワクワクしながら読みました

                      装丁デザインも挿絵もかっこいいので、できたら単行本で読んでみてください。


                      『ラインの虜囚』あらすじ


                      コリンヌ・ド・ブリクールは、フランス人の父とカナダ先住民の母を持つ少女。父親が亡くなり、絶縁中の祖父・ブリクール伯爵に会うためフランスへやってきた。

                      しかし、伯爵はコリンヌを認めず、「50日のうちにライン河のほとりに建つ双角獣(ツヴァイホルン)の塔に幽閉されている人物が、死んだはずのナポレオンかをしらべよ。」と、いう難題をつきつけられる。

                      コリンヌは旅の仲間を探すためパリの街にでかけ、借金取りに追われるアレクサンドル・デュマという天才(自称)作家、紳士的だが得体のしれないラフィット、飲んだくれの剣士・モントラシェをみつける。

                      かくて少女と3人の男たちはラインを目指すが、ならず者「暁の4人組」たちの追撃を受ける。はたして無事、塔にたどり着けるのか、そして塔の住人の正体は…?

                      史実かと思えるほどの物語


                      歴史に造詣のふかい田中芳樹先生なので、登場人物についても史実になぞらえて詳細に描かれています。
                      (私は『銀河英雄伝説』も歴史小説だと思っている)

                      後に『仮面の男』や『三銃士』など傑作を生み出すデュマですが、モントラシェやラフィットは、まさに彼らをモデルにして『三銃士』が書かれたかも…と、物語が史実に思えるほど、登場人物たちが歴史の中に生きているのです。

                      また、ナポレオン亡き後の社会情勢が「ナポレオンが生きている」という都市伝説を作り出す要因として書かれていて、もしかして『ラインの虜囚』は本当にあった話では…?と疑うほどでした。

                      少女を守る、かっこいい大人たち


                      剣の達人モントラシェ、海賊で銃使いのラフィット、劇作家で後に文豪となるアレクサンドル・デュマ。
                      それぞれ飲んだくれだったり、女性に弱かったりと、だらしないところが多いのですが、実にかっこいいんです。

                      敵とハンカチをくわえあい、近距離で敵と決闘するラフィット、双角獣(ツヴァイホルン)で敵と壮絶な剣技をひろうするモントラシェ、口だけと思いきや、実はあんがい強いデュマ。

                      そんなクセのある大人たちに守られるコリンヌもまた、並の少女ではありません。勇気と聡明さと、やさしさをあわせもつコリンヌは、もし「ナポレオンが生きていたらどうする」と聞かれ
                      「(父親が見れなかった)パリを見せてあげたい」
                      と答えます。

                      また、ある理由から偽名を使っているモントラシェにも
                      「正体が何者でも、あの人はわたしにとってモントラシェ、それ以外の誰でもない」
                      と、仲間を信じる姿勢が言葉に現れていて、とてもかっこいい。

                      そんなコリンヌの真っ直ぐな気持ちは、おっさんたちの父性と騎士道精神を刺激し、
                      「なんとかあの娘の望みをかなえて無事にカナダへ返してやりたい」
                      と思うようになります。

                      最後には『アルスラーン戦記』のアルスラーンと、ダリューンやナルサスのような信頼関係ができあがっていて、この4人の旅が、ずっと終わらなければいいのに、とさえ思いました。
                      でも、すべてを終わらせた4人の別れのシーンもその時のセリフもまた、かっこいいのですが。

                      アルスラーン戦記 (1-12巻 続巻)/送料無料/ 【中古】 全巻セット

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                      ミステリーランドシリーズ


                      『虹果て村の秘密』有栖川有栖
                      『魔女の死んだ家』篠田 真由美
                      『くらのかみ』小野不由美
                      『透明人間の納屋』島田荘司
                      『銃とチョコレート』乙一