八咫烏シリーズ第二部『望月の烏』(ややネタバレ)阿部智里

2024.02.23 Friday

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    八咫烏シリーズ第二部『望月の烏』。時間軸でいうと『追憶の烏』の10数年後、『楽園の烏』の少し前といったところです。
    まだ発売されたばかりなので、できるだけネタバレを少なく書いたつもりですが、未読の方はぜひ、『望月の烏』後に御覧ください。

    ネタバレ考察もいずれ書きたいと思います。

    『望月の烏』あらすじ


    金鳥代・凪彦の后選び「登殿」が行われることになり、東家、南家、北家、西家から新たな姫が選ばれ桜花宮にやってくる。

    しかし、以前の「登殿」とは異なり、政治的な取り決めにより皇后と側室(それに羽母まで)に選ばれる家はあらかじめ決まっていた。

    そんな中、美貌の落女(男として朝廷で働く女性)・澄生(すみき)が注目を集め、凪彦もまた、彼女の聡明さに興味を持つようになり…。



    金鳥代凪彦(ややネタバレ)


    今回、私が一番驚いた人物が凪彦でした。『追憶の烏』で奈月彦が暗殺され、貴族たちによって担ぎ上げられた少年帝。
    母親は「あの」あせびの君で、父親は凡庸な捺美彦です。さぞかし母親の影響や博陸候の言いなりの愚者だと思っていたら、存外に彼は聡明な人物でした。

    平安時代で例えるなら、破天荒な花山帝ではなく、人間関係のバランスを重視した一条帝のような人物です。

    澄生の言葉に耳を傾け、博陸候の政治に対する疑問を抱くようになるのですが、博陸候にかかってはなすすべもありません。

    しかし、仮にも最高権力者である彼が現状の問題に目覚めたことは無駄ではなかったのでしょう。

    博陸候雪斎の意図


    物語は澄生(すみき)が落女として文字通り宮中を引っ掻き回していきます。綺羅絵(山内の浮世絵のようなもの)の版元や絵師に近づいたり、凪彦に博陸候の政治の問題を指摘したり。
    ・綺羅絵についてはこちら『きらをきそう』

    博陸候は彼女を泳がせておくのが得策と考えたようです。その方が敵味方が見極めやすくなるから。
    それは『烏は主を選ばない』で、彼の主である奈月彦が行った手法と同じですね。

    そして、ここからは私の想像なのですが、もしかしたら雪哉(雪斎)は、自分の「敵」を集めて殺すのではなく、「味方」を集めてもろとも自らも滅びようとしているのではないかと。

    自らが誘蛾灯となって害虫を引き寄せ、今までの山内を壊し、新しい山内を紫苑の宮に渡すつもりだとしたら…。

    そんな風に思えて仕方がないんです。

    あせびと真赭の薄(ややネタバレ)


    『烏に単は似合わない』でお后候補として敵対していた、あせびと真赭の薄が登場します。あせびは今や大紫の御前と呼ばれる山内で最も地位の高い女性として、40を超えた今も少女のように美しい。

    一方で真赭の薄は年相応に老けてはいるものの、はつらつとして若々しく、新たに2人の息子に恵まれ夫とともに貧民救済の仕事に励んでいます。

    真赭の薄の刻んだシワや白髪は、彼女の生き様の勲章のように描かれているにとても感銘を受けました。幸せの定義は人それぞれですが、あせびと真赭の薄、果たしてどちらが幸せなのでしょうね。

    あせびは多くを手に入れましたが、最も欲したものは最後まで得られなかったのですから。

    八咫烏シリーズ


    『烏に単衣は似合わない』
    『烏は主を選ばない』
    『黄金の烏』
    『空棺の烏』
    『玉依姫』
    『弥栄の烏』
    第二部『楽園の烏』
    第二部『追憶の烏』
    第二部『烏の緑羽』

    『烏百花 蛍の章 八咫烏外伝』
    『烏百花 白百合の章 八咫烏外伝』
    八咫烏シリーズ外伝『さわべりのきじん』
    八咫烏シリーズ外伝『きらをきそう』
    幕間『烏の山』
    幕間『山を下りて』
    コミカライズ『烏に単は似合わない』
    コミカライズ『烏は主を選ばない1』
    コミカライズ『烏は主を選ばない2』
    コミカライズ『烏は主を選ばない3』
    コミカライズ『烏は主を選ばない4』
    『羽の生えた想像力 阿部智里BOOK(電子書籍)』
    『八咫烏シリーズファンブック』
    『追憶の烏』ネタバレトークイベント感想
    八咫烏シリーズ展覧会&トークショー2023

    『営繕かるかや怪異譚その参』小野不由美

    2024.02.09 Friday

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      家にまつわる怪異と、それを修繕して整える『営繕かるかや怪異譚その参』。今回も家にまつわる様々な怪奇が登場します。

      念と呪い


      「念」とは、常に心から離れない、強い思い入れのことを言います。そんな人の念は家や家具に影響を与え、時に呪いとして人を襲います。

      呪いといえば怖いのですが、元をたどると人の強い思い入れが怪奇の原因になることが多いんですね。やはり結局、人が一番恐ろしいということでしょう。

      私がもっとも怖かったのが『火焔』です。昔は五体満足であれば嫁に行けたため、時折こうした異常な人が妻や母親となって子や嫁を苦しめることがあります。

      死んだ後も人を攻める姑の執着と、それを受け入れ、抗えない嫁の関係がただただ恐ろしかった…。



      受け継がれる呪い


      『誰が袖』では、家に受け継がれる呪いが描かれています。「末代までも祟る」は昔の芝居でよくあるセリフですが、家系や先祖とのつながりの薄い現代人から見ると、「受け継がれる祟り」に理不尽さを感じます。

      この家の祟りは「妻が嫡男を妊娠すると死亡する」でしたが、「祟り」といっても発動条件があるんですね。

      小野不由美さんの小説『過ぎる十七の春』を思い出しました。こちらもまた、祟りには発動条件があります。でもたいていは昔の家制度が原因なんですよね。

      家を維持するために人を犠牲にした結果、恨みが家(または家具)に残り、それがまた人に祟るのは悲しいことです。

      家や人、時に祟りにも寄り添う尾端さんの言葉からも人の念の悲しさが伝わります。
      恨みが強いと視野が狭まって捨てるなんて考えられない。(中略)剥がれて初めて、捨てたほうが楽なんだと気づく


      小野不由美ホラー作品


      くらのかみ
      営繕かるかや怪異譚
      営繕かるかや怪異譚 その弐
      過ぎる十七の春

      乙女の本棚『待つ』太宰治+今井キラ

      2023.11.14 Tuesday

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        文豪と現代のイラストレーターがコラボした「乙女の本棚シリーズ」。今回は太宰治の『待つ』を読んでみました。
        美麗で儚げな少女が「待つ」のは一体誰なのでしょう…?


        『待つ』あらすじ


        毎日、駅のベンチに佇んで「誰か」を待つ少女。彼女自身、待ち人が誰かわからない。もし、その相手が現れた時、自分がどうなってしまうのだろう、そんな期待と恐怖を胸に描きながら待ちわびているのだった。

        戦争の影が迫る中、少女はなにかしなければと思う一方で、空想の相手を待ち続ける日々を送っている。



        太宰治の乙女小説


        もしかしたら、太宰治の中には乙女がいるんじゃないでしょうか。少女の心の機微の表現がすごい。

        「見知らぬ誰かを待つ」というなんとも不思議な物語ですが、少女の頃というのは、こうした妄想というか、衝動みたいな思いを誰しもが持っていると思うのです。

        言葉にできないような、そんな繊細で微妙な少女の心を、的確な言葉を当てて文章化されている。

        そしてそれを、男である太宰治が描ききっているのがすごいことだと思います。

        太宰治は他にも『葉桜と魔笛』や『女生徒』など、乙女の心情を細やかに描いています。太宰自体の生き様は決して褒められたものではなし、正直嫌いなのですが、残した作品は悔しいけれどやっぱり素晴らしい。

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        『 早番にまわしとけ 書店員の覚醒』キタハラ

        2023.08.28 Monday

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          『早番にまわしとけ 書店員の覚醒』は『遅番にやらせとけ 書店員の逆襲』に次ぐ書店小説です。

          「遅番」が男子が中心でしたが、「早番」は女子を主人公とした物語で、書店のリアルな業務とともに書店員の恋愛模様や成長が描かれます。

          閉店危機の書店、ミス連発で怒られる日々、個性豊かでめんどくさい書店員たち。うまく行かないことのほうが多い物語なのですが、読み終わるとなぜか、幸せな読了感を感じました。

          『 早番にまわしとけ 書店員の覚醒』あらすじ


          由佳子は「さかえブックス」の店長だが、もともと系列会社のアパレル業務担当。書店員の経験がないため、今日もアルバイトの幸田凜に怒られる。書店の長老・森さんも飄々としていて助けてくれない。友人の光太郎とは仲がいいものの、10年近くも片思いで進展なし。

          そんな崖っぷち書店の店長が、売上を上げて本社に戻るため、あの手この手のアイデアを練るものの、ついに書店は閉店の危機に。

          おまけに天敵の幸田凜が光太郎のことを好きになってしまうし、由佳子は別の男性から告白され…、どうなる書店、どうする恋愛!



          崖っぷち店長と崖っぷち書店


          由佳子は最初、本社に戻ることだけを考え、書店の仕事にもあまり熱心ではありません。経験豊富なアルバイトに怒られたり、ミスをしたりと仕事も憂鬱なことばかり。

          だけど、書店の仕事や書店員たちの情熱に触れて、由佳子自身も少しずつ成長していきます。

          しかし慣れてきても、世の中そううまくいきません。転売ヤーをやり込めて、本当に漫画がほしい子どもたちに売ろうとおもったら、子どもの図書カードの残高が20円!いいカッコをしたのに、またアルバイトの幸田に怒られてしまう。

          このエピソード、大好きです。

          他にも、数十年間立ち読みして、一冊も本を買わないおじいちゃんとか、本の予約を取りに来ない客とか、書店の問題やトラブルもリアルに描かれています。予約した本をそのまま取りに来ないと書店は売り時を逃してしまうんですね。

          私も予約する時は気をつけようと思います。

          現在、リアルの書店はネットに押されているのが現状ですが、書店の役割って本を売るだけでは無いんですよね。


          ・前作『遅番にやらせとけ』

          『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』川内有緒

          2023.08.15 Tuesday

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            最近、視覚障害者の方々の活躍がめざましいですね。ピアニストの辻井伸行さんやピン芸人の濱田祐太郎さん、そして、この本の主人公、白鳥さんは全盲の美術愛好家でありアーティストです。

            白鳥さんが「見る」のは、視覚障害者向けの接触可能な彫刻などではなく、現代アート。同行者の説明からアートを想像し、たのしんでいるのです。

            もしかしたら、目の見えない白鳥さんの鑑賞法そのものがアートなのかもしれません。だって伝え聞いた内容から、彼の頭の中では、元の作品とはちがうアートが生まれているのですから。そして、この鑑賞法は見えている人にも影響を及ぼします。



            目の見えない白鳥さんのアート鑑賞法


            『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』では、白鳥さんのアートの楽しみ方を通じ、見える人たちのアートの見方も変えていきます。

            最初は「正確に伝えよう」と意識するものの、白鳥さんが求めるのはそこではないんです。

            説明する人ごとに解釈がちがう、その「わからなさ」を楽しんでいるのです。まさに「目からウロコ」の解釈でした。そして、絵を説明する「見える人」も、実は絵をちゃんとみていなかったことに気が付きます。

            (作者はこれを「解像度が上がる」と表現しています。)たしかに、言葉でアウトプットするためには詳細に観察しなければならないですしね。

            中には湖と草原を勘違いしていた、というエピソードも出てきて、自分たちがいかに絵を見ていなかったかを気付かされたのだとか。

            白鳥さんがもたらした新しい感覚


            私は今まで、アートとは「作者や解説者の示す意図を理解しなければならない」という昭和の美術教育を引きずっていました。

            でも、白鳥さんの鑑賞法はとても自由。ああそうか、アートってこうやって楽しんでいいんだ。読んでいてスッと肩の力が抜けるような気がしました。

            もちろん、正確な解釈も大事だけれど「私はこう見える」って考えてもいいんですね。これからは白鳥さんの「アートを見る目」を携えて、自由にアートを見に行きたいな。

            展覧会を読む


            この本の中には、実際に白鳥さんたちが訪れた美術館とその作品が紹介されています。そのせいか、読者も展覧会で絵を見ているような感覚を覚えるのです。

            知らなかったアーティストや美術館、イベントを知るきっかけにもなりました。まさに展覧会で絵を「読んで」いる感じです。

            興味深かったのは、10人前後のグループで仏像を見に行った時、メンバーの感想を繋いでいくと実は「正解(この場合は由来)」にたどり着いてしまったことです。

            集合知ともいうこの感覚、実はこうした鑑賞法では時々起こるんですって。一人でもくもくとアートをみるだけではたどり着けない境地ですね。

            いつか、経験してみたいです。

            目の見えない人は世界をどう見ているのか
            「みえるとかみえないとか」

            JUGEMテーマ:オススメの本



            『楽園のカンヴァス』原田マハ

            2023.04.09 Sunday

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              原田マハさんのアート小説の初期の名作である『楽園のカンヴァス』。アートに興味のある人はより面白く、興味のない人にもミステリのように楽しめる作品です。

              『楽園のカンヴァス』はアンリ・ルソーの「夢」を題材にした物語。
              ルソー研究者の主人公たちが、コレクターに招かれて不可思議な鑑定に参加することになります。それは、この鑑定対決に買ったものが、ルソーの絵に関する権限を得ることになるというもの。

              コレクターから提示された作品「夢を見た」は、果たして本物なのか、それとも…。

              事実と虚構の絶妙なデザイン


              この物語では、「夢を見た」というルソーの未発見の絵の真贋を依頼されるのですが、この架空の絵が、まるで実際に存在するかのように描かれています。

              ほんとうに、どこからが現実で、どこからが創作かがわからりません。読み手である私も物語に翻弄され、ページをめくる手が止まりませんでした。

              この事実部分は、原田マハさんは実際にキュレーターとして活躍されていた経験と知識に裏打ちされています。マハさんはそんな事実を元に「ありえそう」な可能性を探り、事実と虚構を絶妙に織り上げて作品が構成されているんです。



              ミステリのような展開


              『楽園のカンヴァス』は、原田マハさんの他のアート小説よりも、ミステリの要素が多い作品です。
              一体、どんな結果が訪れるのか、ハラハラしながらページを捲る手が止まりませんでした。

              はたして、ルソーの絵は本物なのか。二人の鑑定人、ティムと織絵がどんな判断を下すのか。
              彼らが読んだ「夢を見た」というルソーの物語は誰が書いたのか。

              インターポールや画商、キュレーターたちが水面下で絵を狙っていて、ティムは脅迫されたり、協力をもとめられたりと、サスペンスのように状況が変化していきます。

              二転三転する判定と、最後の真実には驚きました。そして、美術の知識がなくても充分に面白い美術ミステリでした。でもきっと、もっと知識があったなら、もっと深く読み解けたかもしれないのが残念。


              アンリ・ルソーについて


              物語の重要な鍵となるアンリ・ルソー。彼は日曜画家、下手くそと蔑まれながらも絵を描き続け、やがてピカソなど一流の芸術家からも評価をうけます。

              しかし、『楽園のカンヴァス』の舞台である1980年代にはまだ、あまり評価は高くなかったようです。

              アンリ・ルソー (RIKUYOSHA Children & YA Books)

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              それにしても、日本の大型美術展では、新聞社などがスポンサーになることで莫大なアートのレンタル料を賄っているのは初めて知りました。これは日本独特のシステムなんですって。

              それだけ日本は、アートに予算が降りないのでしょうね。


              原田マハアート小説 感想


              楽園のカンヴァス
              デトロイト美術館の奇跡
              ジヴェルニーの食卓
              The Modern モダン
              暗幕のゲルニカ
              リーチ先生
              美しき愚かものたちのタブロー
              たゆたえども沈まず

              JUGEMテーマ:最近読んだ本



              『情景ことばえらび辞典』

              2022.12.09 Friday

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                まるで、言葉の宝石箱のよう。
                美しい情景の言葉の数々が集められた『情景ことばえらび辞典』は、パラパラと眺めていると時間を忘れます。

                古くから日本人は、自然や情景に美しい言葉をつけてきました。

                この辞典では、雪や雨といった気象や月や空、草花の異名がたくさん綴られています。特に雨や雲など、気象に関する言葉が多いのには驚きましtあ。

                言葉は土地の気象や風土に影響を受けて作られるため、雨が多く、水が豊かな日本では、水に関する言葉が多いのでしょうね。

                ちなみに、砂漠地帯では「砂」に関する言葉が、北極付近では「雪」を表す言葉が多いのだとか。



                気象の言葉


                辞典の中でも、特に多いのが「雨」など水に関する言葉です。

                多様なシチュエーションに合わせた「雨」や「雲」、「雪」などの様子が美しい言葉で表現されています。
                季節ごとに降る雨にもそれぞれ言葉がつくられていて、春の雨は開花をうながす「催花雨」、草木を潤す「甘雨」や
                「慈雨」など、優しい印象の言葉があてられています。

                同じく水の言葉「露」や「霜」は、まるで華や宝石のような美しい言葉があてられています。確かに、雨上がりや寒い時、草木につく露や霜は美しいですから。

                「露の玉」「霜華」などのほか、「青女」という露や霜を擬人化し女神として名前をつけています。『エモい古語辞典』にも、春の「佐保姫」や秋の「竜田姫」など季節を女神に例える言葉が載っていました。季節までも擬人化するのが日本人らしいですね。

                空の名前


                「月」や「星」など空に関する言葉も美しく、「太白(金星)」「歳星(木星)」など、惑星にも古語があります。明け方見える金星には別名「彼は誰星」というエモい言葉がつけられています。

                この言葉だけで、古代の恋愛シーンが想像できますね。昔は暗かったから、明け方になって隣に寝ている人が「誰?」なんてこともあったのかも…。

                そして、最も身近な天体である「月」には、たくさんの異名があります。「玉兎」というのは、月のうさぎがイメージされますね。ちなみに太陽の異名は「金鳥」です。


                こちらもおすすめ、『エモい古語辞典
                情景のほか、鉱物や現象、妖怪など、エモい古語を集めた辞典です。


                古代の人々は、季節の移り変わりや雨の降るさま、月の満ち欠けなど、今よりも自然の現象についてとても敏感だったのでしょうね。

                『エモい古語辞典』堀越 英美

                2022.10.18 Tuesday

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                  古語はエモい。なるほど確かに、この辞典を読むとそう思います。
                  「エモい」とは古語の「あはれ」と同じような言葉なのだそう。
                  どちらも「かわいい」「なつかしい」「さびしい」など、様々な感情を表すのに使われるのだとか。

                  この本に掲載されている古語は、どれも響きが心地よく見目にも美しいものが多く、まるで鉱物図鑑のようです。
                  ひとつひとつの言葉のキラキラした輝きを、ただ眺めるのもよし、創作のヒントに使うもよし。

                  イラストもかわいくて楽しみながら古語が学べます。



                  見た目がエモい言葉


                  花の名前
                  花の宰相」は芍薬(シャクヤク)の古語。牡丹が「花の王」と呼ばれているので、それに対しシャクヤクは「宰相」なのですって。私としてはシャクヤクのほうが好きなのですが、王の下で万事を司る「宰相」という呼び名はとてもかっこいい。

                  ちなみに、サボテンの古語には「覇王樹」という異名もあるとか。なんだか想像できますね。かっこいい。

                  擬人化の名前
                  日本人はなんでもかんでも擬人化したがる民族ですが、そのルーツは昔からあったらしく、四季の美しさを四人の姫にたとえています。
                  春の佐保姫、秋の竜田姫が有名ですが、夏には筒姫、冬にはうつ田姫という名前もつけられています。それぞれ、四季のイメージにあった美しい名前です。

                  あやかしの名前
                  日本古来の妖怪たちにも素敵な名前がついています。
                  刑部姫」は、姫路城の天守に住むと言われる妖怪です。十二単を着た美しい女性の妖怪で、泉鏡花の『天守物語』のモチーフにもなっています。

                  また、面白かったのが図書館のような幽霊「書籍姫」です。お墓の中から朗読する声が聞こえてきたり、墓前のお堂の本は誰でも好きに借りていいという、まさに図書館司書のような姫なんです。
                  期限内に返さないと姫が夢枕に立つこともあったとか。まさに司書姫ですね。

                  「今・ここ」にない状態


                  現代の流行語である「エモい」と古語の「あはれ」、どちらも「今・ここ」でないどこかに心を奪われている状態を表します。確かに「今・ここ」にいない人を懐しがったり、さみしがったりしますね。
                  たとえ対象物が目の前にあったとしても、自分の心が「今・ここ」にない状態ということかもしれません。



                  八咫烏シリーズ第二部『烏の緑羽』(一部ネタバレ)

                  2022.10.12 Wednesday

                  0
                    『烏の緑羽』では一部の構成を意識させつつ、これまで隠れていた事実が浮き彫りになりました。

                    今回は特に、人物描写のすさまじさを感じました。サブキャラだと思っていた人物に、いきなりスポットライトが当てられます。そして彼の苦難の人生とともに物語は進行していきます。

                    ファンタジーは世界観や設定が重要視されがちですが、八咫烏シリーズは他の小説よりも人物をより掘り下げて表現しています。こんなの通常の現代小説でさえやらないレベルですよ。ほんとすごい。



                    『烏の緑羽』あらすじ


                    猿の襲撃から数年後、長束は側近である路近の忠誠に疑問を感じ、奈月彦に相談。すると、奈月彦から紹介された清賢という院士から、ある人物を側近にと推薦される。

                    それはかつて勁草院で院士を努め、雪哉との確執で左遷された翠寛だった。谷間で生まれ育った翠寛は、商家や神官見習いを経て勁草院へ。

                    それは南橘家の嫡男、路近の監視が目的だった。

                    サイコパス路近と苦労人翠寛


                    ここへきて、路近がただの忠臣ではなく、やべえサイコパスだったということが判明します。
                    正直な感想を言うと、路近の態度には翠寛の言葉を借りるなら「反吐が出る」んです。最も近いのが『葬送のフリーレン』に出てくる魔族が「人を理解したい」と近寄りながらも、人を傷つけて反応をみるのに似ています。

                    物語の重要なパートをなす部分とは言え、路近が人の命を弄ぶ様子は、読んでいて本当にキツかった。普通のホラーより気持ちが悪かったです。


                    物語の大半は、路近の残虐性と翠寛の苦難づくめの人生(それと長束の愚痴)が描写され続けています。いい加減勘弁してくれ…と思ったところ、最後の最後にようやっと希望の光が。

                    それにしても翠寛、ただのサブキャラかと思いきや、谷間から商家へ引き取られたものの、そこでいじめられ、神官見習いになれば稚児奉公を強要され、勁草院では路近に痛めつけられる。

                    まるで『ショーシャンクの空に』の主人公、アンディ並に苦労の連続です。でも、翠寛は自分の人生を諦めず、常に前を目指していきます。その姿勢が奈月彦や長束にも伝わったんでしょうね。


                    ここからネタバレ


                    『烏の緑羽』はある意味、『空棺の烏』の対となるお話でした、人物名をタイトルになっているのも同じですし、勁草院も登場します。そして、やはりところどころ「対」になっているんですよね。

                    ・翠寛と鞠里、千早と結
                    血の繋がらない兄と妹という設定は翠寛と鞠里、千早と結に共通します。翠寛と鞠里は千早たちのように絆を育む時間が少なかったからか、悲劇的な結末になってしまいましたが。

                    ・翠寛と公近
                    おそらく『空棺の烏』に出てきた公近は年齢的に見て路近の息子と思われます。翠寛にしたら「妹」の子のようなものだし、アホ息子ではあるものの、公近を見捨てられなかったのでしょう。

                    しかし、肉親の情など持たないサイコパス路近は公近をボッコボコにしています。こいつほんと、マジで狂犬だわ…。



                    『追憶の烏』への布石


                    赤ん坊のように純粋無垢で理想論を信じてやまない長束を教育するため、翠寛は長束に庶民のくらしを体験させます。
                    「長束はじめてのお使い」では、美丈夫のいい大人がお使いに出される姿は、なんとも微笑ましく、悲惨な前半からようやく一息ついた思いきや…。

                    翠寛の長束教育が功を奏してきた矢先、奈月彦が殺されてしまい、『追憶の烏』へと物語はつながっていきます。

                    奈月彦の遺言をめぐり、意見が割る雪哉と皇后・浜木綿。そこでサイコパス野郎・路近の真意が明らかに…。こいつはホント、人を使って感情の実験をしているんだろうな。

                    私は、『十二国記』の琅燦に似たものを感じました。

                    翠寛の説得(と路近をぶん殴って黙らせる)で、長束は強硬な姿勢を崩さない浜木綿を説得し、幼い紫苑の宮を翠寛に託します。

                    ここの紫苑の宮の「おじさま…」が、悲しい場面なのにキュンキュンしてしまいました。そりゃみんな、紫苑の宮のためなら命かけるよ、うん。

                    ここまでの考察


                    もしかしたら、ここまでの翠寛の苦難の人生は、紫苑の宮の逃亡のための前フリだったのかもしれません。
                    なんだかんだいって雪哉は、出自と天賦の才に恵まれているので、本当の意味で庶民のことをわかってないですから。

                    一方で、さまざまな人生経験をつんだ翠寛ならば、紫苑の宮を成長するまで隠し通すことができたのでしょう。(外界に出たかどうかは謎ですが)二人が正体を隠しながら偽の親子として旅をする姿は『精霊の守り人』のジグロとバルサを彷彿とさせます。

                    紫苑と澄生と葵についての考証


                    そして、各地を逃げていた紫苑の宮が「澄生」だとしたら、「いろいろなものを見ました。ほんとうにいろいろなものを」という「追憶」のセリフと合致するんですよね。

                    以前、双子なのは茜と葵ではなく、紫苑と葵ではないかと思いましたが、もしかしたら、最初から「葵」という娘はいないんじゃないのか、とも思うんです。「葵(あおい)」という名は音では「青」を想像させますが、実際の色は紫色です。

                    そして、葵は「太陽に向かって咲く花」です。太陽を表す金鳥との関連を示しているように感じます。花言葉も「大望、野心、高貴」など、紫苑の宮を連想させます。

                    奈月彦が浜木綿の子供時代の戸籍「墨丸」を利用したように、あらかじめ仮の戸籍を用意しておき、お忍びや暗殺回避用に使うつもりだったのかもしれません。

                    あるいは、双子として生まれた葵は幼くして亡くなり、その戸籍を紫苑のために利用した、とか。『追憶』で雪斎が「澄尾さんには若い頃に借りがある」と言ってますので、これが「借り」と考えるなら、亡くした子を冒涜するような行為に真穂さんが雪哉をよく思わない理由にもなります。

                    鮎汲郷の謎


                    今回も登場した地名・東領鮎汲郷。事件現場や登場人物の出身を除いて、これほどなんども登場する地名は、他にないような気がします。

                    ・雪斎の右腕である治馬の故郷
                    ・忍熊が祐筆として左遷された場所
                    ・翠寛が隠遁していた場所

                    鮎汲郷は単に、左遷組を受け入れてきただけなのか、それとも…。
                    これについては、阿部先生がトークイベントで答えてくださいました。答えはここには書けませんが、まあ今後も登場する地名にはなりそうです。

                    八咫烏シリーズ


                    『烏に単衣は似合わない』
                    『烏は主を選ばない』
                    『黄金の烏』
                    『空棺の烏』
                    『玉依姫』
                    『弥栄の烏』
                    第二部『楽園の烏』
                    第二部『追憶の烏』
                    『烏百花 蛍の章 八咫烏外伝』
                    『烏百花 白百合の章 八咫烏外伝』
                    外伝『さわべりのきじん』
                    外伝『きらをきそう』
                    コミカライズ『烏に単は似合わない』
                    コミカライズ『烏は主を選ばない1』
                    コミカライズ『烏は主を選ばない2』
                    コミカライズ『烏は主を選ばない3』
                    『羽の生えた想像力 阿部智里BOOK(電子書籍)』
                    『八咫烏シリーズファンブック』(電子書籍)
                    『追憶の烏』ネタバレトークイベント感想

                    言葉の真意を探す旅『言葉の獣』鯨庭

                    2022.09.19 Monday

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                      言葉は日常的で意識せず使うもの。でも、その奥にはきっと本当の意味が込められているのです。

                      それを探すにはひたすら向き合うしかない。そして、そんな風に言葉と向き合ってみたい。
                      『言葉の獣』は、言葉の奥深さと恐ろしさを視覚で味わえる良本です。

                      『言葉の獣』とは


                      共感覚で言葉の意味を「獣」として認知できる東雲(しののめ)と、詩が好きで、言葉に興味を抱く薬研(やっけん)。二人の少女が「言葉の生息地」を旅する物語。

                      言葉の意味とは何か、同じ言葉でも人によって意味が違います。例えば京都人の「いけず」言葉は、時おり意味が真逆になります。

                      「お子さん、ピアノ上手にならはったなぁ」は、「ピアノの音がうるさい」の意味です。

                      このように、一般的な言葉の意味と、人それぞれが使う言葉の意味には隔たりがあり、ふたりは言葉の意味を超えたところにある「真意」を探しに行くのです。



                      「言葉の生息地」とは


                      東雲の共感覚がもたらす森のような異空間。そこでは言葉の感受性の強いやっけんは虎の姿になり、東雲とともに言葉の真意を探す旅にでます。

                      やっけんが虎なのは虎が「文字の獣」であり、李徴の詩の影響からしい。

                      やっけんはそこで、一般の「がんばれ」と、自分が思う「がんばれ」の意味の違いを探ることに。一般の「がんばれ」の獣(意味)は大きく包み込む姿なのに対し、自分の「がんばれ」は小さくて非力。

                      そこには彼女の「無責任に助けられない」という優しさがこめられていたのでした。

                      様々な言葉の獣とTwitterという密林


                      そもそも東雲が思う「美しい獣」とはなにか。それは谷川俊太郎の『生きる』の詩を読んだ時、「心が震える」美しい獣を見たから。東雲の美しいは「心が震える」という意味なのでしょう。

                      そして二人はいよいよTwitterの世界へ。様々な鳥たちがさえずる世界には、純粋に思いを書き出す「天然の詩」のほか、様々な言葉の獣で満ちていた。

                      しかし、そこには「誹謗中傷」など醜い獣も存在する危険地帯。ここで二人はどんな獣に出会うのでしょうか。

                      言葉の獣2

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