2019.07.15 Monday

美術版プロジェクトX『美しき愚かものたちのタブロー』原田マハ

「取り返そうじゃないか、あのコレクションをーこの国に。」このセリフを読んだ時、涙が溢れました。絵画(タブロー)を買い集め、日本に西洋美術館をつくろうとした男と、その志を継いだ男たちの思いに、胸が熱くなりました。

『美しき愚かものたちのタブロー』あらすじ


かつて実業家・松方幸次郎が日本での西洋美術館建設ためにと、私財をなげうち集めた3000点にも渡る西洋美術。「松方コレクション」と呼ばれたこれらの美術品は焼失や散逸という憂き目に会い、その後、わずかに残った数百点の作品も「敗戦国の財産として」フランス政府が没収され、日本側に通達される。

それを聞いた当時の首相・吉田茂はコレクションの返還交渉のため外交官、官僚、美術関係者をフランスへ送る。その中にはかつて松方コレクションのブレーンをつとめた美術史家、田代雄一がいた。

田代はかつて、松方幸次郎と印象派の巨匠・クロード・モネのアトリエをたずね、そこで描かれた「睡蓮・柳の反映」を目にしていた。しかし、フランス側は「睡蓮」をはじめ、ゴッホの「アルルの寝室」、ルノアールの「アルジェリア風のパリの女たち」コレクションの中枢をなす名画の返還を頑なに認めなかった。



タブローに魅せられた愚か者たち


敗戦国という負け組が、巨大権力を持つな戦勝国相手に困難な交渉をおこなう、と聞くと、池井戸潤風のの逆転劇を想像しますが、さすがは原田マハさんというべきか、重きを置くのは「ビジネス」ではなく「タブロー」なんです。

あるいは松方のタブローへの情熱と言い換えてもいい。
松方は「わしは絵のことはわからん」と生涯言いながらも、「絵でなく人を見て買う」と言われたように、自分の信頼する人物の意見と、自らの直感で名作を探り当てていきます。

特に、印象派の巨匠、クロード・モネの絵に感銘を受けたシーンの言葉が彼の人柄があられてています。
私は絵のなんたるかを知りません。何もわからない。お恥ずかしい話です。けれど、私は…なんというか、先生の作品が好きです。

この言葉は、気に入った絵は売らないことで有名だったモネの心を動かしました。

松方のタブローへの情熱は、周囲の人々にも受け継がれていき、彼の役に立ちたいとタブローの返還に尽力する美術史家の田代、戦争中、フランスにとどまり絵を疎開させた松方の部下の日置。特に後半、日置がコレクションを守るために敵国フランスで苦闘する様子が切々と描かれています。

絵を描いた者、その絵を後世のために購入した者、そしてそれを守り抜いた者、そんな愚か者たちがバトンのようにタブローを伝えてくれたから、今の私達は絵を「普通に」見ることができるのです。

2019年に開催された国立西洋美術館の松方コレクション展


返還されなかったゴッホの「アルルの寝室」のほか、他の美術館にあるタブローのほか、コレクションに関する資料や修復された「睡蓮」が展示されています。
国立西洋美術館の松方コレクション展

おまけ:やがて日本の美術館はフランス人がときめく存在に


松方が開拓した美術館創設の道は後の世で花開き、現在日本には数千もの美術館、博物館がつくられており、今では本場フランス人が「ときめく」ほどのクオリティを誇っています。

フランス人がときめいた日本の美術館

 



原田マハ作品感想
「リーチ先生」
「たゆたえども沈まず」

2019.07.06 Saturday

民俗学とミステリはよく似合う『 凶笑面ー蓮丈那智フィールドファイル』北村鴻

偶然にもツイッターのフォロワーさんのご縁で知った『蓮丈那智フィールドファイル 凶笑面』読了。歴史好き、民俗学好き、ミステリ好きの私にはたまらい小説でした。おまけに探偵役は美貌で才知に長けた民俗学者!これはシリーズをすべて読まずにはいられません。

もともと栗本薫のミステリ『鬼面の研究』を読んだときから、民俗学とミステリは親和性がある、と感じていました。民俗学は地方独特の文化や風俗を研究する学問なので、僻地での「嵐の山荘」を作り出したり、動機や凶器の演出に効果的なのかもしれません。

横溝正史のミステリも人里離れた旧家の風習が関係していますしね。



民俗学が楽しめるミステリ


大学で民俗学の講義をとっていたのですが、先生が個性的で独善的な物言いの人で若い頃はそれを苦手に思い、最後まで履修しませんでした。あの時マジメにやっておけばと後悔したのですが、まさか大人になりミステリ小説で本格的な民俗学に出会うことができるなんて…!

民俗学には興味があるけど折口信夫や柳田國男などの本も読んでみたいのですが、専門書は素人には敷居が高いので、小説の中で民俗学の知識が多少なりとも学べるのはありがたいです。

鬼の話




タイトルの秀逸さ


本タイトルとなった「凶笑面」をはじめ「双死神」「不帰屋」など意味深で、なにかがおこりそうな気配を感じるタイトルがつけられています。

話を読み進めることで、それが事件のモチーフである土地の風習とうまくリンクしており、そこではじめてタイトルに込められた意味がわかり、ゾッとするのです。

歴史とフィクションの絶妙な融合


「マレビト」「蘇民将来」「女の家」など、民俗学の用語や伝承をモチーフに、そこに独特の解釈を加えたオリジナルの、でも「ありえそう」と思わせてくれるリアルさをかねそなえた蓮丈那智シリーズです。

特に「明治時代の県令(知事)が立場を利用して古墳を盗掘したかもしれない」という実際の噂を「税所コレクション」という謎の、しかも恐ろしい物語の重要な因子して仕立ててしまう。それが歴史と現実のすき間をうまく編み込んでいて、絶妙というほかありません。

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蓮丈那智という「探偵」


人里離れた古い家が舞台なのに、横溝正史作品のようなおどろおどろとした情念があまりないのが新鮮でした。それは、美貌で冷徹な蓮丈那智という人物が、俯瞰的な視点で状況を判断し、冷静に推理し結果を導き出す姿が、探偵というより学者のアプローチで事件に向かうからなのかもしれません。

ワトソン役の助手、内藤三国からみた蓮丈那智の描写も魅力的です。その美貌のために下卑た態度をとる連中には「周りの空気を硬化させ、冷却するほどの能力」を遺憾なく発揮して心を打ちのめす。

剛気にして異端の学者。でもその魅力にはまったら(三国のように)は抗えない。そして、読者となった私も、彼女の魅力に取り憑かれてしまったひとりです。これからシリーズを読むのが楽しみです。


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蓮丈那智フィールドファイルシリーズ


「触身仏」

2019.07.02 Tuesday

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ

本屋大賞を受賞した瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』読了。この話は多様性が叫ばれる今だからこそ、受け入れられたのではないかと思う。「普通」や「幸せ」は、ひとりひとり違うものだから。

あたらしい家族のかたち


何人もの親の間を、バトンを渡されるようにして育てられた優子。でも、それはちっとも不幸なことじゃなかったし、彼女にとってはそれが「普通」のことだった。

昔であれば「普通じゃない=かわいそう=不幸」という単純な図式で片付けられそうな、優子の家庭事情。(実際一部の人からはそう思われている。)

産みの母を幼い頃に亡くし、父親とふたりだった家族に継母の梨花さんが加わり、その後実の父は海外に。その後は梨花さんの再婚相手・泉ヶ原さんを経て、現在は3人目の父・森宮さんと暮らしている。

これまでの(今も)日本の家族は「血がつながった親子が、同じ家に暮らす」ことが理想とされてきました。それが「普通」で、そこからはみ出たものは「不幸」で「かわいそう」という認識が無意識レベルですりこまれているほどに。

でも「家族」って、「幸せ」って、大切な相手と一緒にいて楽しいのが一番大事なんじゃないかな。それを、優子とその親たちは体現して見せてくれているような気がします。



最後の父親、森宮さん


優子の最後の父親になった森宮さん。友達ともめていた優子に「元気がでるから」と、ひたすら餃子をつくったり、優子にピアノプレゼントしようとして断られると落ち込んでみたり。

やがて優子が結婚相手を連れてくると「あの風来坊」といって父親らしく(?)邪険にするし。

森宮さんが思う父親像は、残念ながらちょっとずれている。
けれどそこがいいんだよなあ。こんな父親と暮らしてみたいと思うもの。

しかし、血のつながらない(しかも成長した)子どもを引き取ることに戸惑いはなかったのか。森宮さんのこんな言葉が、答えなのかもしれません。
自分の明日と自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日がやってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。(中略)未来が倍になるなら絶対にしたいだろう。


この言葉のすごいところは、子供の明日を、自分の所有物と考えてないことだと思うんです。

親は時に自分の挫折や期待を子どもに背負わせ、自分の人生の意趣返しをすることがありますが、森宮さんや梨花さん(泉ヶ原さんや実の父親も)は優子が「自分以外の未来」を見せてくれるのを、むしろワクワクして見守っている。それが、この親たちのすごいところだなあって思うんですよ。

おまけ


私の森宮さんのイメージは、俳優の高橋一生さんです。映像化されたら高橋一生さんに演じていただきたい…。

瀬尾まいこ作品感想


「おしまいのデート」
「ありがとう、さようなら」
「見えない誰かと」
「天国はまだ遠く」
「優しい音楽」
「強運の持ち主」
「図書館の神様」
「幸福な食卓」

2019.05.25 Saturday

忘れられた作家の、忘れられない随筆『小さな町にて』野呂邦暢

野呂邦暢という小説家をご存知でしょうか。野呂邦暢は昭和49年に「草のつるぎ」で芥川賞を受賞。「諫早菖蒲日記」など名作を残すも、40代の若さで急逝。今では古本マニアや関係者以外からは忘れられている作家です。

『小さな町にて』は、野呂邦暢の故郷・諫早で過ごした少年時代、浪人と称して読書と映画三昧の京都時代、仕事を転々としていた東京時代を、作家になった現在から振り返るかたちで書かれています。

私は古本屋を舞台にした映画『森崎書店の日々』でその名前を知り、随筆『小さな町にて』を読んでみたのですが、これが本当に素晴らしくて、なんど読み返しても飽きないのです。



知識を貪った時代


『小さな町にて』の文章からは、戦争からの開放感とそれまで抑圧された知識を求める熱量、それがビシビシと伝わってきます。モノはなくとも精神が飛躍する、豊かな時代がそこにはありました。

この本の中で私が1番、感銘をうけたのが野呂邦暢の叔父のエピソードです。電電公社(現在のNTT)に勤めていた叔父は戦争と家庭の事情で進学をあきらめたものの、本とクラッシック音楽を愛したインテリでした。

「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」という言葉の出展を調べるために事典を読み漁り、図書館に何度も通います。筆者が「なぜそんな(役に立たない)ことをするのか」と問うと叔父は「ただ知りたいからだ」と答えます。

今だったら「OK Google」か「Hey Siri」で1秒もかからないのに、昭和20年代では大変な苦労をしないと答えにたどり着けない。

まるで飢えを満たすように、知識を貪り、自分の物にしたいと切望する熱量が、デジタルに慣れてしまった現代の私からすると、とても衝撃的で感動さえ覚えました。

「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」をGoogleで検索してみた結果


一瞬でわかってしまうのは、便利だけれど、どこか寂しい。
「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」をGoogleで検索してみた結果


本と珈琲と、音楽の青春


野呂邦暢の青春時代は、本と珈琲と音楽で占められていました。貧乏で思うように本が買えなくても、古本屋で手頃な本を探しては喫茶店で一日中本を読み、名曲喫茶でクラシック音楽を聞きまくる。ときには友人たちの下宿で文学や芸術について夜通し話し込む。

社会生活にかかわらず、好きなものをひたすらインプットするだけの時間は、なんて贅沢なんだろう。おとなになってからはしみじみと思います。それは、作者も同じだったんじゃないかな。


山王書房店主・関口良雄


『小さな町にて』の中には、作者が出会った個性豊かな人々が描写されています。(名曲喫茶の常連紳士が路上生活者だったり)中でも印象深いのが、東京・大森の古書店・山王書房の店主とのエピソードです。

山王書房の店主関口良雄氏は俳人でもあり、当時の作家たちとも親交が熱く、文章にも秀でた方で、若き日の野呂さんはよく本をまけてもらっていたのだそう。

実は、山王書房店主・関口さんの随筆『昔日の客』にも野呂さんが登場します。作家になり、ふたたび山王書房を訪れた野呂さんでしたが、関口さんは当時のことをあまり覚えていなかったらしい…。

それでも「昔日の客」として再会を喜んだ文章が綴られています。

わたしはこういう、本が「つながる」エピソードが大好きなんです。ひとつの本から別の本へ、読書の世界が広がっていきますから。



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2019.05.06 Monday

『鹿の王』続編『水底の橋』上橋菜穂子

鹿の王』の続編、『水底の橋』を読了。今回の『水底の橋』は、前作『鹿の王』以上に医療と人の命のありかたについて掘り下げられています。

『鹿の王』では、オタワル医術と清心教医術、次期皇帝選びなど、政権争い部分が未解決のままでしたので、続編で読めるのを楽しみにしていました。
『鹿の王』感想→



『水底の橋』あらすじ


帝国・東呼留の領土となった元アカファ王国。古き王国オタワル貴族の血をひく医術師のホッサルと恋人兼助手のミラルは、交流のある清心教医術師・真那から、故郷の安房那領に誘われる。

真那の姪は難しい病を抱えており、清心教医術よりも技術的に優れたオタワル医術で診察を受け、ホッサルとミラル、従者のマコウカンは安房那へと旅立つ。

一方、オタワルの情報機関「奥仕え」たちは、東呼留帝国の次期皇帝選びがオタワル医術の進退を左右するため、安房那へも探査の糸を巡らせてゆく。

安房那への旅でホッサルは、オタワル医術のライバルともいうべき清心教医術の源流を探ることになり、そのため次期東呼留皇帝選出にともなう政権争いに巻き込まれていく。



体を救う医術、心を救う宗教


清心教医術というのはチベット仏教の医術に似ているなあと思いました。チベットの医術も症状によって治療と薬が決まっていて、もう助からないという人には正直に死期を告げて、生きている間に功徳を積むよう諭します。

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助かる方法があるのなら、最後まであきらめないのがホッサルのオタワル医術で、緩和ケア的な治療と看護で安らかに逝かせるのが清心教医術なんですね。

ホッサルはこれまで技術の向上だけに力を注いで来ましたが、清心教の心を救おうとする治療について一目置くようになったのではないかな。

つらい治療を続けて少しの寿命を得るよりは、安らかに痛みのない余命を生きたいという人もいるはずですから。

医術と宗教というのは、どちらか一方でもだめで、両方がバランスよく並び立てればいいのですが、現実世界でも、この世界でも権力や政治がからむため、なかなかうまくいきませんね。

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『水底の橋』とは


このタイトル『水底の橋』とは、果たしてどんな意味がこめられているのでしょう。文中、ミラルの父で橋梁工事の職人・ラハルが「水底に沈んでも形を変えず、連綿とつながっている橋」として紹介しています。

それは、宗教と合体し、時代とともに変化するも、その魂は始祖から受け継がれている清心教医術を指しているようですが、私はホッサルとミラルの関係にも当てはまるのではないかな、と思うのです。

身分も立場も違う(おまけに初恋を引きずっている)ホッサルとミラルの不安定な関係、ですが、心の奥底でぎっちりとつながり離れることはないのだと。

まあ、今回思い切りがよかったのはミラルですね。彼女の行動が突破口を開いてくれます。男はいつも、一歩遅れるなあ、どの世界でも。

2019.04.29 Monday

『鹿の王』を再読してわかったこと

上橋菜穂子さんのファンタジー小説『鹿の王』の続編『水底の橋』が出ると聞き、あらためて『鹿の王』を再読してみました。

『鹿の王』のあらすじをざっくり説明すると、大国・東乎瑠との戦に破れ、奴隷に落とされた戦士ヴァンと、古い王国の貴族の血をひく医術師ホッサルが、突然発生した感染症「黒狼病」と、病にまつわる国や部族の陰謀に巻き込まれて、その中で真相を探っていくお話です。

ファンタジーに「医療」という新ジャンルを築き上げた、革新的な物語でもあります。



「鹿の王 生き残った者」
「鹿の王 還って行く者」

医療を描くということ


前にも書きましたが、最近のファンタジーは転生すればなんとかなるし、ゲームのように死んでもリセットできる設定が多いような気がします。でも上橋作品は違います。ポーションなんてないし、人は死んだらそれまでなんです

だからこそ、『鹿の王』のもうひとりの主人公・医術師のホッサルは自らの技術を駆使して人を救おうと奔走しています。たとえ病の原因をつきとめ、特攻薬ができても、人の体の中で何が起こるかは予測がつかないと語っています。

上橋先生はファンタジーで医療を描くに当たり、きちんと医療の監修を行っているので、その言葉はとても深く重く、心に響きます。

『鹿の王』と対照的だなと思ったのが『がん消滅の罠 完全寛解の謎』です。
がんが突然治る(寛解)の謎を追うミステリですが、この寛解トリックはどこか人の体を均一なものとして捉えているような気がしたんです。

理論的には可能でしょうが、果たしてこんなにうまくいくのかな…?と思ったんですよね。物語の中、ホッサルは人「病を支配できる者などいない」と、医療の難しさを語っています。

物語中の病でも、薬が効く人と効かない人がでてくるし、人の体には親から受け継いだものの他にさまざまな要因があるわけだから、そうやすやすと万能薬なんてできるはずがないのです。だからみんなあがいているのでしょう。

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人間に都合のいい神


私達の住む世界でも、テロや暴力の言い訳に宗教をつかう輩がいますが、『鹿の王』でも神の呪いを利用して、敵を襲う者が現れます。

怒りに周りが見えず、目的が達成できれば、ほかの人間を傷つけても構わない。そんな理論を正当化し、自分たちだけが「正義」だと思いこむ集団の行動は、読んでいてゾッとしました。

私が一番モヤモヤしたのところは、ある部族が自分たちより階級が下の人々に対し、蔑みながらも自分たちの「正義(テロ)」を手伝うのが当然だ、と思っているところです。

読んでいる時、私は思わず本を閉じて周りを見回しました。これは、私達の世界でも同じことが起きてるな、と。

自分だけの正義を他人になすりつけて攻撃する。紛争でもネット上でも、人は、自分に都合のいい理屈をみつけるのがうまいですよね。

そんな「正義」に対して、上橋先生はこう書いています。

呪いを受けるべきものがこの世にいるとするなら、神々のご意思を、自分の思いたいように語る輩の方だろう。

架空の話としてではなく、実際に私達の世界でも起きていることとして認識しないといけない。そう思いました。

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2019.03.30 Saturday

カフェで、旅の気分を。『ときどき旅に出るカフェ』

近藤史恵さんの旅をテーマにした小説『スーツケースの半分は』を読んでから、ああ旅に出たいなあ、でもそう簡単に海外には行けないなあ…。と思っていたら、この小説に出会いました。

『ときどき旅に出るカフェ』こと、カフェ・ルーズは、店主の円が旅で出会った美味しいものを提供しているカフェ。アラフォー独身の瑛子はある日カフェ・ルーズで円と再会する。

ときどき旅に出るカフェ

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彼女の作る異国の料理とお店の雰囲気に魅せられた瑛子は、足繁く店に通うようになるが、カフェ・ルーズは月の初めに長く店を閉めていて、その間に円は旅にでているという。

苺のスープ、ロシア風チーズケーキ・ツップフクーヘン、セラドゥーラ…耳馴染みのないスイーツや料理。カフェ・ルーズのメニューは、食べると異国を旅する気分が味わえます。それと同時に、カフェに集まる人々の、ちょっとした日常の謎解きがスパイスのように加えられています。

同僚の彼氏の不可解な行動、消えてしまったお土産の月餅、夜中にカフェに来る女の子…、カフェ・ルーズに関わる人々のちょっとした謎を、円は料理の知識旅と経験から解きほぐしてくれるのだけど、実は彼女にもちょっとした秘密があり…

旅に出ると自分たちの常識がまったく通用しないし、料理の味も、環境も違う。円も瑛子も周囲から押し付けられる「常識」と違った道を選ぶことでつらい思いをすることもある。

瑛子さんが「勉強していい成績をとれ(いいところに就職しろ)と言ったその口で、今度は早く結婚をして子供を産め」と言われたの、私も経験があります。親の期待や希望は、時に無理ゲーレベルの無茶ブリをすることがありますから…。

けれど瑛子さんも円さんも、自分で考えて選んだ道なのだから、きっと納得の行く場所にたどり着くのではないでしょうか。


こちらもおすすめ。さまざまな航空会社の機内食をあつめた「みんなの機内食」はエコノミーからファーストクラスまでの機内食がたくさん。やっぱり、インド系の航空会社はやはりカレーが多い…。

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2019.03.17 Sunday

旅に出たくなる物語『スーツケースの半分は』近藤 史恵

青いスーツケースを巡る、旅のオムニバス短編集。ぐうぜん手に入れたスーツケースが女性たちの旅に幸運をもたらしていきます。読むと、旅に出たくなる物語です。

物語は一話完結だけれど、バトンを渡すように青いスーツケースが人をつなげていきます。

『スーツケースの半分は』あらすじ


真美は大学時代の友人たちと参加したフリーマーケットで鮮やかなブルーのスーツケースをみつけ、惹かれるように購入するが、旅行を提案しても夫に反対されてしまう。その時、真美に勇気をくれたものはスーツケースの中にあった「あなたの旅に、幸多かれ」という言葉だった。

青いスーツケースに導かれるように、真美、花恵、ゆり香、悠子がそれぞれの旅に出て人生の指針、宝物をみつけることができた。やがてスーツケースは縁のある人達へもどり、最後はスーツケースの持ち主に返って、また旅に出ていき…。



ちょっぴりの虚栄と不安


前半4つは大学時代の友人4人、それぞれの旅が描かれます。4人共仲がいいけれど、お互い少しだけ見栄を張ってしまったり、羨ましがったりしています。

ライターの仕事をしている悠子はパリに取材旅行を羨ましがられるけれど、出版社との縁を保つために本当は採算がとれないのを無理をしているし、パリ在住の栞も、パリに住んでいるとはいえ、恋人の家に転がり込んで、フリーター状態。

うらやましいと思う人が、不安がないわけじゃない。そんなところをよく突いて書かれているのを、うんうんとうなずきながら読みました。

この言葉が、彼女たちの不安をよく表しています。結婚や出産、仕事、そして旅…。人生でつかめるものは限られているから、何を捨てて残すかはとても大変な作業なんです。
「まるで人生は掌(てのひら)みたいだ。なにかをつかみ取るためには手の中のものを捨てなければならない。」


第二話「三泊四日のシンデレラ」では、花恵が香港の高級ホテルに無理をしてでも泊まるのは、O・ヘンリーの「桃源郷の短期滞在客」を思い起こさせます。
女性には、きっと、こうしたナイショの贅沢が大事なんです。今も昔も。

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女の行く旅に、男はいらない


「男の行く極楽に、女はいらない」と言ったのは泉鏡花ですが、現代では「女の行く旅に、男はいらない」のです。

この物語の女性たちは「休暇がとれないから旅行に行けないよ」とか、「旅は自分の言うとおりにすればいい」など、言い訳やマウンティングを取ろうとする男性たちを尻目に、スーツケースを一つ持って軽やかに世界に旅立っていきます。

彼女たちも旅に出るまではいろいろと迷ったり、悩んだり、時に他人を羨んだりする彼女たちですが、いちど決めてしまえば、もう前を向いて進んでいくんですね。旅も、人生も同じこと。彼女たちのこれからの旅に、喜びが溢れていますように。

こんな青いスーツケースで旅ができたらすてきだろうな…

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2019.03.07 Thursday

俺の先生がかわいすぎる件について『泉鏡花先生のこと』小村雪岱

ラノベかBLのようなタイトルをつけましたが、ほんとそれなんです。この文章。
『泉鏡花先生のこと』は、明治の文豪・泉鏡花の思い出を、彼の作品の挿し絵画家であった小村雪岱が書き残したもの。

泉鏡花といえば『夜叉ヶ池』『海神別荘』『天守物語』など、幻想的でロマンチックな作品・戯曲を数多く残した文豪ですが、文中ではそんな鏡花先生の「かわいすぎる」ところがいろいろ描写されています。

・色の白い美青年
・奥様も美人(元・売れっ子芸妓)
・潔癖症だけど信心深いので神社仏閣では伏礼
・生物は絶対食べない、なのに酔っ払ってむしゃむしゃ食べて、後日気持ち悪くなっちゃう
・香を焚き、筆に香を染み込ませて執筆
・うさぎグッズ大好き

泉鏡花先生のこと




文豪、おちゃめで可愛い…(*´ω`*) また、別の文章で読んだのですが、鏡花先生、芸妓であった奥様との結婚を師匠である尾崎紅葉に猛反対され、師匠のことも大好きだったので泣く泣く別れ、師匠の死後結婚したのだとか。(恋愛小説のよう…)

うさぎ大好きなのは、裏干支(自分の干支から6つ先の干支)の物を持つと開運になるという言い伝えからなのですが、そうしたおまじないを信じちゃう鏡花先生、やはり可愛らしい…。

小村雪岱の雅号は泉鏡花がつけたそうで、2人は鏡花が亡くなるまで小説家と挿絵画家として長年よきパートナーであったそうです。

小村雪岱の描く絵は線一本一本が凛としていて、シンプルで奥深く、大好きな画家です。

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2019.02.03 Sunday

八咫烏シリーズ外伝『ふゆのことら』阿部 智里

八咫烏シリーズ外伝『ふゆのことら』読了。本編『烏は主を選ばない』『空棺の烏』の前日譚。シリーズの中心人物、雪哉と、同郷の先輩である市柳のお話です。

『空棺の烏』では武官の養成学校「勁草院」で雪哉と再会した市柳でしたが、どうやら昔、なにか因縁があったようで…今回、その「因縁」が明かされます。

市柳は雪哉と同じく北領の地方貴族・郷長の息子ですが、若い頃の彼はまさに「厨二病」で、自分で「風巻の虎」とか名乗って羽織に変な刺繍いれちゃうほどのヤンキーっぷりです。

そんな時、北領の武術大会で久しぶりに顔をあわせた雪哉に、「剣術の手ほどきをしてほしい」と言われ、得意気に手合わせをしたのですが…



今回は市柳の厨二っぷりと、雪哉の闇っぷりが発揮された話でした。作者の阿部智里先生が「雪哉だけは呼んでもそっぽを向く」と揶揄するくらいですから、彼はなかなかに難しいですね。


市柳と雪哉は立場こそ似ているけれど、厳しくも愛されて育った市柳と、複雑な家庭環境で常に周囲を気にしながら生きてきた雪哉とは、考え方も覚悟も全く違う。そんな2人の対比が面白かったです。

それにしても市柳ファミリーいいな。強面お父さんから「りゅうくん」とか呼ばれているし、お父さんとお母さんはラブラブだし微笑ましいなあ…。

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八咫烏シリーズ


『烏に単衣は似合わない』
『烏は主を選ばない』
『黄金の烏』
『空棺の烏』
『玉依姫』
『弥栄の烏』
外伝『すみのさくら』
外伝『しのぶひと』
外伝『ふゆきにおもう』
外伝『まつばちりて』
外伝『あきのあやぎぬ』

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