昭和モダンと、切ない謎解き 「小さいおうち」 中島 京子

2010.08.25 Wednesday

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    小さいおうち」は戦前、女中をしていたタキおばあちゃんが、当時の暮らしを思い出しながら書いたノートをもとに、昭和10年代と現代のタキさんの視点が交互に描かれていきます。また、物語の終盤は一種の謎解きのような雰囲気があり、物語の展開や視点も変わっていき、最後の結末に驚かされます。

    小さいおうち
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    タキさんは14歳で奉公にあがったお宅で美しい未亡人の時子さんに出会います。やがて再婚した時子奥様、その息子・恭一ぼっちゃんとともに玩具メーカー重役の平井家に入ります。新しく建てられた赤い屋根の家はモダンで明るい雰囲気に満ちいていました。時子奥様の元で働くことはタキさんの喜びであり、誇りでもありました。


    とても魅力的だったのは、昭和初期の東京のモダンな雰囲気や、文化住宅の生活の様子でした。赤い三角屋根、丸窓にはめられたステンドグラス、白い石造りのポーチ。季節の折々につくるタキさんの料理や、奥様や旦那様の外出にお供して食べた洋食や、お使い物の洋菓子など…。当時の東京のモダンな様子が伝わってきます。中国で戦争は続いていたものの、まだそれほど日常に差し迫った事柄ではなく、人々の暮らしぶりものんびりしていたんですね。


    物語は終盤、大きな展開を迎えます。時子奥様は旦那様の会社の若い社員、板倉さんと恋に落ち、戦争の影響は少しずつ少しずつ平井家を侵食していきます。出征する板倉さんを追いかけるため、家を出ようとする奥様に、タキさんは意外な提案をします。そのことがのちのちまでタキさんを苦しめることになるのですが…。


    「女中」の役目と自分の感情の間で揺れるタキさんがとった行動は、死ぬまでずっと彼女に後悔の念を抱かせてしまいます。「女中」という、今では失われてしまった職業を現代の人間にもわかりやすく蘇らせてくれた中島京子さんの表現力がすばらしかったです。「女中」は、単なる家政婦ではなく、家族の一員のような存在で、時には家族を守るために文字通り人生をかけることもあるんですね。現代の家政婦と、江戸時代の奉公の中間くらいの立場かもしれません。

    大正〜昭和初期の文化住宅が展示されている江戸東京たてもの園の洋館には、書斎や台所、寝室のほかにちゃんと女中部屋もあります。小さくて暗い部屋ですが、女中さんにとってはお城だったのでしょうね。
    リアル「小さいおうち」、江戸東京たてもの園の小出邸には、実際に女中部屋があります。→

    物語の終盤に関連する絵本「ちいさいおうち」

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    「小さいおうち」は山田洋次監督により映画化が決定しました。どんな雰囲気の映画になるか今から楽しみです。
    「小さいおうち」映画化について→
    映画「小さいおうち」感想→

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    「エルニーニョ」→
    「女中譚」→
    「冠・婚・葬・祭」→
    「花桃実桃」→
    「FUTON」→
    JUGEMテーマ:小説全般

    ↓ネタバレ的な雑記。謎解きについて。
    作中にでてくる絵本の「小さいおうち」は戦後、時子奥様の恋人だった板倉さんが漫画家「イタクラ・ショージ」となり、思い出をもとに描いた絵本なのですが、円の中と外では風景が違います。円の中には「小さいおうち」での日常風景(時子さん、タキさん、恭一ぼっちゃんをモデルにした)、円の外は板倉さんの悲惨な戦争体験(仲間、もしくは敵か現地人を殺してその肉を食した経験等)が描かれています。

    文章と表紙の絵をみただけでもひどく興味を惹かれます。ぜひ実際にこの本を作ってみてほしいです。
    それにしても、ふつうの人間が普通の生活をいとなめない戦争って、本当に二度としてはいけないと思います。
    コメント
    女中として平井家で働くタキ、幸せそうでしたね。
    私もイタクラ・ジョージが描いた絵本「小さいおうち」を読んでみたいです。
    • by なな
    • 2010/08/29 9:44 AM
    ななさんへ
    アマゾンのコメントで「小さいおうち」は直接的な表現のない反戦小説だと書いてありましたが、そういった面もあると思います。タキさんと奥様たちの普通の幸せな暮らしが断ち切られる戦争って、本当にこわいです。
    • by 日月
    • 2010/08/29 4:05 PM
    こんにちは、日月さん
    この小説、すっごく気に入ってしまいました。
    ちょっと猫村さんっぽいタキさん、こんな女性が一家に一人欲しいです。

    最後は涙が出てしまいました。
    良い話でしたー
    • by latifa
    • 2011/03/13 5:30 PM
    latifaさんへ
    いいお話でした。昭和モダンの雰囲気が日常生活の緻密な描写にあらわれていているし、ミステリのような要素もあって、一気に読んでしまいました。

    東京都小金井市にある江戸東京たてもの園には小さいおうちのような昭和のモダン家屋があって、ステンドグラスはないけれど玄関に丸い窓があったり、女中部屋があります。
    そこへいくとタキさんが台所から現れそうな気がします。
    • by 日月
    • 2011/03/14 11:01 PM
    こんばんは。
    コメントとTBありがとうございました。
    中島京子さんはとても好きな作家さんです。ストーリーというより、文章と構成で読ませる作家さんだなぁと思います。
    この本は昭和初期の雰囲気が目に浮かぶようで、興味深かったです。ストーリーも感動的で、直木賞も納得です。
    • by EKKO
    • 2011/07/09 11:58 PM
    EKKOさんへ
    確かに、構成力と文章力はすばらしいですね。その世界へぐいぐい引きこまれていきます。世界のつくりかたがうまいというか。(^^)

    「小さいおうち」は昭和初期のモダンな雰囲気が伝わってくる小説でした。それとイタクラジョージさんの作品の描写なんかも、実際にそんな漫画がありそうな気がします。
    • by 日月
    • 2011/07/10 10:42 PM
    こんばんは。
    時代背景や人物描写が生き生きと描かれていてとても良かったですね。
    過去と現在の価値観の違い、戦争に対する情報量の少なさなど、さまざまな要素が絡み合って面白かったです。
    中島京子さんは不思議な世界を構築される方ですね。
    また読んでみたいです。
    • by ia.
    • 2011/11/03 10:11 PM
    ia.さんへ
    「小さいおうち」は、異なる世界を紡ぎ合わせる中島作品の真骨頂だと思います。読んでいる私達も昭和モダンの世界を体感しているような、そんな錯覚すらおこさせます。

    他の中島作品もいいですよ。(^^)「エルニーニョ」や「FUTON」が個人的にはおすすめです。
    • by 日月
    • 2011/11/05 9:58 PM
    日月さん☆こんばんは
    住込みの女中さんって、わたしが子供の頃はまだいたけれど、今はすっかりいなくなってしまいましたね。
    昭和初期は新しいものがドンドン入ってきて、景気が良くて、本当にいい時代だったんですねぇ。
    それだけに戦争によって変わっていく世の中の姿が本当に悲しかったです。
    わたしもイタクラ・ショージの本を読んでみたいなぁって思いました。
    • by Roko
    • 2012/03/12 11:35 PM
    Rokoさんへ
    女中さんという今はなき職業と、昭和モダンの華やかさが印象的でした。
    イタクラ・ショージの本は印象的でしたね。文章だけでも絵が浮かぶようです。

    「小さいおうち」のスピンオフとしてイタクラ・ショージ作品集を出して欲しいです。
    • by 日月
    • 2012/03/14 11:33 PM
    日月さん、こんにちは!
    先日、たてもの園に行ってきました(^^)/
    以前、何かの時に(もう忘れてしまって、すいません) 日月さんから、たてもの園をおすすめされていたんですよ^^
    で、今検索してみたのだけれど、それに関する記事は発見できませんでした。
    もしかしたら、行かれたことはあっても、記事にはされていなかったのかな。

    で!
    そうなんです。
    洋風のお家の中に、「あ、これは女中さんのお部屋だな?」っていうのがありました。
    見ながら、ちいさいお家の事が頭に浮かびました。
    • by latifa
    • 2014/03/23 9:30 PM
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    小説「小さいおうち」を読みました。 著者は 中島 京子 なんとも丁寧で上品さが伝わる 文体というか 女中が過去を振り返り語られる 小さいおうちでの日々 淡々と進みながらも 戦争の跡もあるが それさえも日常という それが実際なのかぁと思い いろいろ想いました
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