「映画が世界を結ぶ」 川喜多 かしこ

2011.09.17 Saturday

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    鎌倉を旅行したとき、川喜多映画記念館へ行って来ました。映画プロデューサーであった川喜多長政・かしこ夫妻の邸宅を改築してつくられた記念館は、名画の上映や映画ポスターなど資料の企画展示などを行っていて、小さいながらも内容の充実した記念館でした。

    なにより、私が興味を惹かれたのは川喜多長政夫人・かしこさんです。
    昭和初期、まだ女性が働くということに偏見があった時代にプロデューサーとして、夫長政氏の片腕として、洋画の選別・輸入業務をまかされ、戦後は数々の映画祭から審査員として招かれるまでになった人物です。

    一体、どのようにして映画に携わることになったのか。とても興味を惹かれ、川喜多かしこさんの著書「映画が世界を結ぶ」を読みました。そこには、1本のドラマにできそうなくらいの波乱万丈な映画人生が綴られていました。

    映画配給会社への就職


    フェリス女学院出身のかしこさんは、関東大震災で父親を亡くしたため、働いて家族の生活を支えることになります。得意の英語力をいかして採用された「東和商事合資会社」で映画の輸入の仕事に携わります。

    やがて社長である長政氏とのロマンスが芽生え、結婚。新婚旅行先で訪れた欧州で見た映画「制服の処女(おとめ)」が気に入り、日本に輸入すると大ヒット。それ以降、彼女の洋画の鑑定眼のおかげで、良質な映画が日本に輸入されることになります。

    李香蘭を救った夫婦


    戦中は大陸に渡った夫とともに、中国での映画産業に携わります。川喜多長政氏は、李香蘭が裏切り者として中国で処刑されそうになったとき、彼女の日本国籍を証明し、釈放に助力したことでも有名です。(このあたりのことは、ドラマ李香蘭に詳しい)また映画政策の方針から、満映の甘粕正彦に睨まれ、暗殺の対象になったことも!(((; ゚д゚))) それでも中国を離れなかった夫を支え、送り出したかしこさんの心痛は計り知れません。

    戦後の混乱、そして映画祭へ


    戦後は軍に関わったとして長政氏は公職追放となりましたが、それを救ったのは、欧州や中国で一緒に仕事をした映画人たちだったそうです。川喜多夫妻は単に映画をビジネスとしてだけではなく、優れた映画を欧州と日本とで紹介しあうことで、文化的な交流を図ることを基本理念としていました。

    戦後、かしこさんはその確かな映画鑑定眼から、数々の映画祭に審査員として参加することになります。
    出会った映画人たちのエピソードも興味深く、当時日本人にとって雲の上の存在だったチャップリンやオードリー・ヘップバーンなど著名な映画人たちと実際に言葉を交わし、友人となっていくのはすごいですね。
    華やかな映画界の裏側をささえていた日本人、それも女性が活躍していたというのは、この本を読むまでまったくしりませんでした。

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