心にしみこむ癒しのことば『マインドフルな毎日へと導く108の小話』アジャン・ブラム

2017.07.26 Wednesday

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    これまでにも心理関係の本は読んできましたが、この本がいちばん、すっと心に入ってきました。なんというか、いちばんしっくりくるのです。

    例えるなら、水のようなものでしょうか。読むとするっと体に入ってきます。そこで初めて、今まで自分の心がが渇いていたかがわかりました。

    マインドフルな毎日へと導く108つの小話』は、テラヴァダ派のイギリス人僧侶・アジャン・ブラム師の説法集です。説法といっても堅苦しくはなく、人が感じる痛み、恐れ、怒りなどを収める方法として、ブラム師自身の体験や仏教の説話をもとにして説き聞かせてくれます。



    宗教の説法にありがちの、自分の意見を押しつける感じが一切なく、ユーモアを交えて語ってくれます。その中には、「こんな考え方があるんだ!」と、目からウロコの話も多く、新しいものの考え方、とらえ方を教えてもらいました。

    その中で印象にのこった話を、書き出してみます。

    悲劇は大量の糞


    まず、お堅い宗教で不浄な糞を例えに出すのに驚きました。アジャン・ブラムは自分の身に起きた悲劇を「家に積まれたトラック一杯の糞」だと教えます。

    自分の責任ではなくとも、家の糞を片付けず、ただ嘆いているだけではひどい臭いもするし、虫だって湧くでしょう。それなのに人は時々、糞ポケットに入れて持ち歩いてしまいます。

    それはつまり、「悲劇」という糞を、他人になすりつけようとする行為なのだと。もちろんそんなことをすれば、家族や友人、周りの人に不快な思いをさせることになり、人は自分から去っていきます。

    私の知り合いにも、家が埋まるほどの一杯の糞をかぶせられた人がいました。彼女は最初のうち自分の糞をまき散らすことに熱心で、私たちもその悲劇の汚臭にやられて、一時期遠ざかるしかありませんでした。
    しかし、そのうち落ち着いて、自分の家の糞を片付けるようになりました。(それでも時々、まき散らしますけど)

    自分の身に起こった悲劇は、自分にしか片付けられない、そして、それを片付けられたら、庭には美しい花が咲き誇るのだと、アジャン・ブラムは教えてくれました。

    そういえば、禅宗の禅問答にも「仏とは?」「糞かきベラ(紙がない時代にトイレで使ったヘラ)だ!」というのがありますし、不浄のものの中にも、真理があるのかもしれませんね。



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