大泉洋あてがき、出版界の陰、騙し絵の意味『騙し絵の牙』 塩田 武士

2017.09.27 Wednesday

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    罪の声」の塩田武士さんが、大泉洋のためにあてがきしたミステリ小説『騙し絵の牙』読了。
    話術に長け、人を惹き付ける魅力を持つ編集長・速水が自身の雑誌「トリニティ」の廃刊を聞かされ、奮闘するのですが、実はもうひとつ、この話には「騙し絵」のような裏があり…




    出版界の陰


    出版に携わる人々が一致団結して漫画をつくる出版界の光の部分が「重版出来!」だとしたら、『騙し絵の牙』は出版界の陰の部分を描いた作品でしょう。

    ネットに時間を奪われ、風前のともしびと化した出版界。作家の発表の場であり、収入源である文芸雑誌を廃刊に追い込む出版社。読者よりも話題性と売上を求める会社上部、売上重視で中身のない媒体なりつつある出版に、作家も編集も疲弊していく。しかし、作り手側も「今までのやり方がいい」と唱えるだけで、なんの進展もない。

    今までの編集気質では、本や雑誌は他のメディアに太刀打ちできない状況にまで追いやられている現状にぞっとしました。有川浩さんも著作で「活字を読む人は希少種(になっている)」「これまでの伝統を守っているだけでは、活字は他のコンテンツに勝てない。」とおっしゃっていました。

    せめて、本好きにできることとして、「好きな作家の本だけでも単行本で購入する」くらいのことはしないと…

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    倒れるときは前のめり
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    大泉洋あてがき小説


    主人公・速水は大泉洋さんに似せて、宛書で描かれているため、話すセリフも大泉さんが実際にしゃべっているような口調なんですよ。、水曜どうでしょうファンには「ペ・ヨンジュンからの田中真紀子、鈴木宗男のモノマネ」など、懐かしいフレーズがでてくるのもうれしい。

    大泉さんが演じているかのような速水に引きずられて、他の登場人物たちもついついどうでしょう班やチームナックスのメンバーで「あて読み」してしまい、まったく違うキャラなのに速水の上司を「じゃじゃじゃじゃじゃあ、トリニティ、廃刊にするから!」と藤村Dに変換して読んでました…。




    「騙し絵」の持つ意味


    速水は雑誌の廃刊を阻止すべく、作家へのアプローチ、メディアミックスが期待できる女優の小説掲載、テレビ局への根回し、果てはパチンコ産業とも手を組み、あの手この手で雑誌の売上を伸ばそうと奮闘します。
    しかし、そのどれもが後手にまわってしまい、上司、部下にまで裏切られてしまいます。

    最後に速水は労働組合の会合で相沢と専務に自分の編集への思いを吐露しますが、それも空振りに終わってしまう。

    そんな展開が第一章から第六章まで続きます。速水はこのまま負け組で終わってしまうのか…と思ったら、最後の最後に文字通り「騙し絵」のもうひとつの顔が浮かび上がってくるんです。

    これだけでもネタバレになりそうなので、ぜひ読んでみてください。出版界を支えるためにも、できれば単行本で、正規の値段で。


    男としては最高、家庭人としては最低


    最後に一つ、気になったところを。
    容貌も話術も、人を惹き付ける魅力を持つ速水。もちろん女性にもモテるのですが、私がいまひとつ彼にのめり込めなかったのは、不倫ではなく、妻を人間扱いしなかったこと。速水にとって娘だけが家族であり、愛すべき対象なんです。

    もちろん、妻の方にも問題はあるのですが、速水は徹底して妻に「愛する娘を世話する人」以外の役割を与えなかった。これは、夫が一番やってはいけないことだと思います。

    娘にとっても「愛する母」をないがしろにするのが「愛する父」だった場合、ふたつに引き裂かれるわけです。心が。私自身も父が私を溺愛してくれたその口で、母を罵るのを聞いて、どれだけ辛かったか。

    速水も娘を傷つけたことを深く後悔はするのですが、そのベクトルは最後まで娘にだけ向いています。この人は結局、娘を通じて、自分自身しか愛せないんじゃないかとも感じました。

    映像化するなら奥さんを鼻持ちならないくらいに描かないと、女性からは支持を得られないでしょうね。

    レビューポータル「MONO-PORTAL」

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