『鹿の王』を再読してわかったこと

2019.04.29 Monday

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    上橋菜穂子さんのファンタジー小説『鹿の王』の続編『水底の橋』が出ると聞き、あらためて『鹿の王』を再読してみました。

    『鹿の王』のあらすじをざっくり説明すると、大国・東乎瑠との戦に破れ、奴隷に落とされた戦士ヴァンと、古い王国の貴族の血をひく医術師ホッサルが、突然発生した感染症「黒狼病」と、病にまつわる国や部族の陰謀に巻き込まれて、その中で真相を探っていくお話です。

    ファンタジーに「医療」という新ジャンルを築き上げた、革新的な物語でもあります。



    「鹿の王 生き残った者」
    「鹿の王 還って行く者」

    医療を描くということ


    前にも書きましたが、最近のファンタジーは転生すればなんとかなるし、ゲームのように死んでもリセットできる設定が多いような気がします。でも上橋作品は違います。ポーションなんてないし、人は死んだらそれまでなんです

    だからこそ、『鹿の王』のもうひとりの主人公・医術師のホッサルは自らの技術を駆使して人を救おうと奔走しています。たとえ病の原因をつきとめ、特攻薬ができても、人の体の中で何が起こるかは予測がつかないと語っています。

    上橋先生はファンタジーで医療を描くに当たり、きちんと医療の監修を行っているので、その言葉はとても深く重く、心に響きます。

    『鹿の王』と対照的だなと思ったのが『がん消滅の罠 完全寛解の謎』です。
    がんが突然治る(寛解)の謎を追うミステリですが、この寛解トリックはどこか人の体を均一なものとして捉えているような気がしたんです。

    理論的には可能でしょうが、果たしてこんなにうまくいくのかな…?と思ったんですよね。物語の中、ホッサルは人「病を支配できる者などいない」と、医療の難しさを語っています。

    物語中の病でも、薬が効く人と効かない人がでてくるし、人の体には親から受け継いだものの他にさまざまな要因があるわけだから、そうやすやすと万能薬なんてできるはずがないのです。だからみんなあがいているのでしょう。

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    人間に都合のいい神


    私達の住む世界でも、テロや暴力の言い訳に宗教をつかう輩がいますが、『鹿の王』でも神の呪いを利用して、敵を襲う者が現れます。

    怒りに周りが見えず、目的が達成できれば、ほかの人間を傷つけても構わない。そんな理論を正当化し、自分たちだけが「正義」だと思いこむ集団の行動は、読んでいてゾッとしました。

    私が一番モヤモヤしたのところは、ある部族が自分たちより階級が下の人々に対し、蔑みながらも自分たちの「正義(テロ)」を手伝うのが当然だ、と思っているところです。

    読んでいる時、私は思わず本を閉じて周りを見回しました。これは、私達の世界でも同じことが起きてるな、と。

    自分だけの正義を他人になすりつけて攻撃する。紛争でもネット上でも、人は、自分に都合のいい理屈をみつけるのがうまいですよね。

    そんな「正義」に対して、上橋先生はこう書いています。

    呪いを受けるべきものがこの世にいるとするなら、神々のご意思を、自分の思いたいように語る輩の方だろう。

    架空の話としてではなく、実際に私達の世界でも起きていることとして認識しないといけない。そう思いました。

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