散財で歴史に名を残した男『蕩尽王、パリをゆく 薩摩治郎八伝』

2020.05.17 Sunday

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    政治や芸術で名を残す偉人は大勢います。けれど放蕩で世に名を残した人物というのは珍しく、薩摩治郎八がその筆頭ではないでしょうか。

    この人が何をやったかというとただひたすら、好きなことにお金を使っただけなんです。パリの一流ホテルで一晩一千万のパーティーをひらき、最先端の車を購入、日本ではフランス風の豪邸を建て、社交界で浮名を流す。


    リアル版・ヤングインディー・ジョーンズ


    90年代、若きインディー・ジョーンズの活躍を描いたドラマありました。ヤングインディー・ジョーンズが旅行先や入隊した外人部隊でシュバイツァー博士やアラビアのロレンス、マタハリなど当時のさまざまな有名人と交流する物語です。

    しかし、若き日の薩摩治郎八は「本当に」外人部隊に参加し、数々の有名人と邂逅をはたしています。コナン・ドイルにアラビアのロレンス、藤原直江(オペラ歌手)や藤田嗣治(画家)など、その交遊録の幅の広さといったら。

    パリでも有名な作家や芸術家たちと交流し、「金は出すが口は出さない」よきパトロンでもありました。
    戦後は瀬戸内寂聴さんや美輪明宏さんとも交流があったそうです。

    日本人にとって散財や放蕩は悪いイメージしかなく、そうした人はたいてい民衆から忌み嫌われるものですが、なぜか、治郎八は愛されていたんですね。

    薩摩治郎八と松方幸次郎


    国立西洋美術館のベースとなる松方コレクションを集めた松方幸次郎は、ありあまる資産を「後世のために」と使いましたが、薩摩治郎八は「自分の好きなことに」資産を使い、使い果たします。
    代表的な事業としてパリ日本館の建設がありますが、現代に換算するとなんと40億もの金をつぎこんだのだとか。

    それも、人のためにではなく、自分のパリ社交界での地位を確立するためだというのですから、すごいものです。

    松方幸次郎と松方コレクションをめぐる物語。原田マハさんの「美しき愚かものたちのタブロー」


    生活芸術家


    薩摩治郎八の妻、千代子は当時ヴォーグの表紙を飾り、パリ社交界の花形でした。そんな華やかな女性なので、てっきり白洲次郎・正子夫妻のようにお互いに自立した関係なのかとおもいきや、どうも夫人は薩摩治郎八の手によって生み出された「作品」であったらしいのです。

    嫁入り前は野暮ったくおとなしい娘であったのを、治郎八のエレガンス教育と、流行のファッションを身に着けさせることでマイ・フェア・レディのごとく仕立てていったのだとか。

    千代子さんは早死したため、彼女側のコメントは子
    のっていないのですが、この「紫の上」はそんな人形のような(でも最高級の)生活をどう思っていたんでしょうね。

    治郎八自身、直接的に芸術を生みだすわけではなかったのですが、夫人への教育自体が「作品」であり「芸術活動」だったそうです。

    富豪でも貧乏でも変わらない


    フランスを愛した薩摩治郎八は戦争中もフランスにとどまり、在留邦人やドイツ軍に虐げられた人々を救う行動も行っていたようです。

    けれどもやはり、そうした活躍よりも戦後、莫大な財産を散財しつくして「すっからかん」になって帰国。しかしその後もも己の美学を貫いて生き、永井荷風のごとくストリップ舞台に通い、若い踊り子と再婚します。

    文章を読むと、どうも豪奢な生活をしていたときと、貧乏暮らしの時も治郎八は治郎八のままなんですね。放蕩紳士といった感じで。

    戦時中、尋問された折に罪の覚えがあるかと聞かれ、こう答えた薩摩治郎八。
    「自分の犯した大罪があったとしてら、仏蘭西を愛しすぎたという一言につきましょう」


    自分の好きなものに全力で放蕩を行った薩摩治郎八。後にも先にも、これほど豪快で面白いお金の使い方をした人はいないでしょうね。


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