もしかしたらこれは、新しい世界の新しい神話なのかもしれない。[映画]天気の子

2019.08.19 Monday

0
    新海誠監督の映画「天気の子」鑑賞。「君の名は。」はラブストーリーでしたが、「天気の子」はラブストーリーだけじゃなくて、世界のあり方について考えさせられる物語でした。

    さて「天気の子」のストーリーですが、クライマックス以外は、ほぼ予告編や紹介映像のとおりです。ただ劇中の「世界の形を決定的に変えてしまったんだ」の本当の意味を知ったときは衝撃でした。

    「若さ」は無謀


    正直、この話は世代によって見どころが違うかもしれません。中年の私が見ると若者たちの無謀さが心配になりました。家出少年の帆高は、「東京に来たらなんとかなる!」と甘い考えですぐ行き詰まってしまったし。

    帆高くんの家出の理由も映画では明確にされていません。小説だとそのあたりのことも書かれているらしいので読んで補完したい。


    困窮する陽菜を助けようと、「晴れ女ビジネス」初めたときも「おいおい、これじゃあいつか、しっぺ返しをくらうぞ」とおばちゃんは心配してしまったのです。

    だって、神との契約には古今東西、「代償」が必要なのだから…

    神なき世界の新しい神話(ここからネタバレ)


    雨乞いや洪水、地鎮など、神との契約の代償として、昔から人は神へ供物を捧げてきました。民俗学や歴史学によると、それらはたいてい「人柱」、人の命です。

    諸星大二郎のマンガ「詔命」は、地震を抑えるため人柱に選ばれてしまった男の話ですし、泉鏡花の「夜叉ヶ池」は、神との契約を守る娘が、村人の間違った生贄信仰によって辱めを受けそうになります。

    天候をコントロールできる陽菜もまた、巫女であり神への生贄となる運命でした。それを帆高は奪い返してしまいます。普通の神話ならば「人柱」を助けたものは「英雄」となるのですが、帆高はクシナダヒメを奪い返し、ヤマタノオロチを退治したスサノオのような神でも、英雄でもない。

    だから、ふたりは世界の形を決定的に変えてしまうのです。その代償として、雨が続いた東京都心は水没してしまう。

    彼らはもう神の助けを得ることはできず、自分たちが変えてしまった世界を受け入れ、新しい世界の、新しい神話をつくっていくのかもしれない。

    沈んでしまった東京と、そこで現実を受け入れて生きる人々は、近年頻発する災害を暗示しているようにもとれました。

    世界が変わってしまったら、自分たちはどう生きるのか。
    そんなメッセージを投げられた気がして、映画を見終わったあとも、世界のあり方を私は今も考えています。


    泉鏡花の「夜叉ヶ池」も、神との契約よりも恋人を選んだ男女が描かれます。封建的な明治時代では契約を破ったことで悲劇的な結末を迎えてしまいます。
    令和時代の「天気の子」では、神よりも人を選んだ主人公たちがはき残ります。そこが現代的な夜叉ヶ池みたいだなと思いました。



    JUGEMテーマ:漫画/アニメ

    コメント
    コメントする
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL