『白銀の墟 玄の月』第四巻 感想(ネタバレ)

2020.05.03 Sunday

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    『白銀の墟 玄の月』第四巻、いよいよ、いよいよこの壮大な物語も完結します。
    第三巻の終わりで驍宗さま発見!李斎さんも探索の途中で潜伏していた仲間を見つけたり、泰麒も少しずつ政務ができるようになってきた。あとは兵を上げるだけ!

    と、思っていたらところがどっこい、そう簡単にはいかないのでした…



    ここでも絶妙な伏線の回収


    これまで要所要所で登場した驍宗様にゆかりの轍囲の家族。彼らが少ない蓄えから捧げた供物が驍宗さまの命を救い、幼い娘が備えた鈴が驍宗さま脱出の重要なアイテムとなりました。

    そのことを、あの少女に伝えるすべがないことを、読者は歯がゆく思うのです。

    また、反阿選勢力の旗印である「白幟」「墨幟」が最後の最後に意外なところで現れたり、戦は塀の数で決まるといった言葉が、ここにいたって阿選に対抗する数が集まったことで反撃が可能になったことが裏づけられたりと、細かい伏線回収が絶妙です。

    俯瞰の視点


    読みどころだらけの『白銀の墟 玄の月』ですが、私が特に好きなのが阿選の軍に追われて驍宗と李斎が逃げるところです。

    最初、妖魔の大きな口や仲間が妖魔に体を持っていかれる残酷なシーンをズームで描いたと思ったら、最後はまるでカメラがズームアウトしていくように、驍宗さまが捕まった場面は遠くから描かれていて、その分、不安が増していくような描写がすごく印象に残っています。


    次期戴王は李斎さんでいいんじゃないだろうか


    この人の行動が、戴国の命運を決めたと言っても過言ではない。驍宗さまが斃れたら(考えたくないけど)李斎さんが次の王なんじゃないか。

    驍宗さま探索は、そのことごとくが空振りに終わったかにみえました。土匪の協力を得て廃坑をしらべ、荷が運ばれた場所に行けば、それは玉だったし、有力商人からも情報は得られない。挙句の果てには、驍宗らしき人物が死んだとの情報も。

    しかし、李斎さんはそれでも諦めません。困難の中でも相手の立場を理解し尊重し、諦めずに行動をおこしたことで、少しずつ仲間や情報が集まっていきます。

    結局のところ、ならずものの土匪でも見捨てず援軍に向かったおかげで、驍宗さまと再会することができたわけですし。驍宗さまが捕まっても、愛する騎獣を失っても、この人は前に進もうとするんです。それは、これまで失ってきたものがあまりに多いからなのかもしれません。

    以前は戴国のために慶国を犠牲にしようとも考えた李斎さんですが、自らの闇に打ち勝ったことで道を開くことができたのでしょう。


    残された謎


    結局のところ、琅燦はどこまで阿選を操っていたのか。妖魔をあっせんしたり、入れ知恵をしたりする一方で、泰麒に味方する行動をとってみたり、どうも一貫していない。しかし、人間の行動なんて残酷さと善良さを併せ持つのが当たり前ですし。

    もしかすると琅燦は「実験」のつもりだったけれど、阿選の意に反した行動や、偶然が重なって自分の手からコントロールが離れてしまったことで、彼女なりに事態を収拾しようとしたのかもしれません。

    そして今回、彼女を満足させた「実験の結果」があるとするなら、それはは泰麒じゃないでしょうか。麒麟にあるまじき殺生に手を染めてまで国を、王を助けようとするその行動力に琅燦は「やはり化け物だったな。」とつぶやきます。

    それが否定なのか、称賛なのか。そこも釈然としないところが琅燦らしいですね。

    『白銀の墟 玄の月』今回の山田画伯の挿絵はほとんどが俯瞰で描かれてるのですが、唯一、琅燦だけがその肖像が間近に描かれているんです。これだけでも彼女がこの物語に占める役割を表しているようです。
    あるいは彼女だけ規定の「外」にいるということなのかも…。




    市井の人々


    ほんとうに、なんど読んでも涙が溢れてしまう。読みどころも心をうつ名言も。泰麒や李斎たちといった国を動かす人だけじゃなく、驍宗に助けられた轍囲の生き残りや最初に泰麒をたすけてくれた東架の人々、道士や神農、そうした一人ひとりが短い文章ながら丁寧に描かれていて、彼らが必死に生きる姿がもう、胸に迫るんですよ。

    特に、神農の酆都が作った「墨幟」の幟がざあっと遠くまで掲げられる場面では、ああ彼の死は無駄じゃなかったんだなあ…って(´;ω;`)

    一方、阿選に反旗を翻すわけでもなく、状況に流されて嘘をついたり驍宗さまを攻撃しようとする民もいるわけですが、それもまたわかるんですよ。

    巻き込まれたくないし、自分たちを不幸にしたんだ、といわれたら王だって攻撃したくなる。それでも、彼らを攻めることはできないのも、李斎さんや驍宗さまはわかってるんですよね。

    今こそ、十二国記を


    2020年、こちらの世でも厳しい状況が続きます。誰かを攻撃したくなるし、世の中を恨みたくなる。そういうときこそ十二国記を読むとすごく救われます。

    過去が現在を作る。ならば、今が未来を作るのだ。たとえ繋がりは見えなくても。



    読み終わって


    小野不由美主上には感謝しかない。よくぞここまで書いてくださった…ほんとそれだけです。
    どうかくれぐれもお身体をお厭いください。
    そしていつかまた、十二国の物語が読めたらうれしいです。


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