古本と旅と謎解きと「愛についてのデッサン―佐古啓介の旅 」野呂邦暢

2020.05.31 Sunday

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    書店を舞台にした小説が好きです。ましてや好きな作家の作品ならなおさら。
    野呂邦暢さんの「愛についてのデッサン―佐古啓介の旅」は、古書店の若き店主・佐古啓介が、本に込められた人の思いを読み解いてゆくストーリー。40年以上前の作品なのにまったく色褪せない、何度も読み返したくなる本です。

    啓介は本と人の縁をつなぐうちに、自分の父がなぜ故郷を捨てたのか、そのわけを知りたいと思い、父の故郷・長崎へ向かいます。

    旅と古書と謎解き


    旅と古書と謎解きと書くと、旅をしながら本の謎を解く、個性的な探偵小説を思い浮かべるでしょうが、この本にはそんな派手な展開はありません。

    そういうものはラノベにおまかせして、「愛についてのデッサン」ではもっと大人の、本に秘められた人間の深い感情を味わいましょう。

    佐古啓介は父親の古書店を継いだ若き店主で、よく友人や知人の依頼で本を探すために旅に出ます。それはただ本を探すだけではなく、本にまつわる事情にも触れることになります。

    本を探すだけが古本屋の仕事じゃない。人間っていつも失ったなにかを探しながら生きているような気がする。


    昨日まで啓介と普通に本の話をしていたのに、その翌日に自殺を図った老人、才能が枯渇したのにそれを認められず虚勢をはる小説家志望の友人、詩に愛と、絶望をこめた詩人たち。

    そこにはさまざまな人の、さまざまな思いが本に込められています。



    美しくて深い


    一冊の本にはその持ち主の思いが反映されていますが、謎解きが終わってもすべてが明かされるわけではなく、啓介も探偵というより、本に秘められた人の感情を静観しているように思われます。

    女性が体に悪いのにおいしいと煙草の感想を漏らしたとき、彼女が道ならぬ恋をしているのではないかと思い、同じく道ならぬ恋をして彼女を生んだ母親の人生が重なる。

    美しく、詩的な文章なのに、読んだとき思わずゾッとするほど深いんです。

    ほかにも、会ったときは元気だったけれど、本を読み終えた後に自殺を図った老人や、才能が枯渇するがそれを認められず虚勢をはる友人など、さまざまな感情が描かれてます。それが滑稽であったり、切なくもあり、読んだ後の余韻がまた深いというか…。


    古書店の詳細な描写


    古書店の目録による通信販売や、万引の話、地方で郷土史を仕入れると東京で高く売れたり、新刊書の古本を指して「白っぽいもの」と言ったり古書店ならではのエピソードも詳細に語られています。

    実際に調べもしたのでしょうが、野呂邦暢さんは著書「小さな町にて」で、旅先で書店や古書店をめぐると書いていますし、またかつて大森にあった有名な古書店・山王書房へも通っていたので古本屋事情には詳しかったのかもしれません。

    山王書房店主・関口良雄さんの随筆「昔日の客」。野呂邦暢さんとのエピソードが描かれています。


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