2019.12.01 Sunday

『白銀の墟 玄の月』第三巻 感想(ネタバレ)

前半で暗中模索にみえた泰麒の白圭宮での奮闘と李斎の驍宗探索。しかし、今回、すべてがつながりました。

これまで登場人物たちはもちろん、読んでいる私たちの前にも覆われていた霧が少しずつ薄れていき、その霧の先には、皆が待ち焦がれたあの方がいたのです。

物語の構成も、これまで章ごとに泰麒側と李斎側それぞれの視点で物語が展開してきましたが、3巻では互いの物語の間隔がどんどん狭まっていき、前半の伏線が、少しずつ、確実に回収されていくのです。
本当に、ページをめくる手が止まりませんでした。




泰麒の六太化


前半では、単身、白圭宮に戻りあろうことか、「新王阿選」を宣言した泰麒。このハッタリと度胸は陽子のようだな、と思ったものですが、今回もまた、ひとりで阿選に直談判しに行ったり、捕らえられている正頼に会いに行ったりと、麒麟にあるまじき行動にでます。

今回は延麒・六太くんの(破天荒な)行動力が加わったかのようですね。

「麒麟」という生き物は殺生を嫌い、血を嫌います。それは血や穢を浴びると病気にもなるくらいです。
しかし、泰麒は正頼の牢に忍び込む際、門番を攻撃するなど、自ら行動に打って出ます。それほど切羽詰った状況ということもあるのでしょうが、彼の行動原理には蓬莱(日本)での悲惨な経験が影響しています。

「魔性の子」という作品では、泰麒を守るため使令が暴走したため、周囲の人間や両親も虐殺された過去を持ちます。泰麒はいまもその罪を背負い、彼らの死を無駄にしないために文字通り身を削って戴を救おうとします。



巌窟王・驍宗


さて、長いこと行方知れずで、最大の謎だった驍宗さまの行方ですが、なんと灯台もと暗し!李斎さんたちが散々さがした函陽山の落盤で閉じ込められていたのです。まさに巌窟王…、閉じ込められたくらいで諦める驍宗さまではなく、コツコツと岩をのぼり、脱出を試みていたのです。

しかし、いくら不老不死の仙とはいえ、食べないと死んでしまうのですが、それが、前半にでてきた貧しい親子が月に一度、捧げた供物が巡り巡って驍宗さまの元に届いていたのです。(その他にも前半ででてきた玉とかも意外な形で関わっているし…!伏線回収すげえ)

ここでも、人の行い、思いが、本人たちの思いもかけないところで誰かを助けになっている。そんな「思い」の細い糸の一本一本が繋がり、太い縄になって驍宗さまの元にどど来ました。
「青条の蘭」の命のリレーでのテーマがここでさらに壮大な形になって返ってきました。

結局、人を救えるのは剣でも魔法でもなく、少しずつの、けれどもたくさんの人の思いなんですね。

それにしても、ページの中に、本物の驍宗さまが現れたときは、思わず本をおいて目頭をおさえました。よくぞ生きていてくださった…!

銀色の髪の亜里沙
山の中に閉じ込められるというシチュエーションは巌窟王というより、和田慎二さんの「銀色の髪の亜里沙」を思い出しました。これは少女が洞窟に閉じ込められ、そこで得た知識で復讐を行う物語。「銀髪」というのも同じだし。



マッドサイエンティストと逆臣


ここへきて初めて阿選の行動原理が明かされます。驍宗との良きライバル関係だったものの、先王が崩御したことで、そして、驍宗が王となったことで、彼の影になってしまう恐怖。でも、それだけでは彼も行動を起こさなかったかもしれない。

けれど、彼の近くには恐ろしく聡明で、天の摂理を意に介さない琅燦がいたのです。どうやら琅燦は阿選に具体的な知恵を授けることで天の摂理の「実験」を試みたらしい。

黄昏の岸 暁の天 」を読み終わったあと、その当時私を含め、読者の一部は「陽子はいつか、天に戦いを挑むのではないか」と考えていました。天の摂理の届かない蓬莱育ちで、泰麒のことで天に疑問を抱いていたようだったからです。

しかし、意外な形で天に戦いを挑んだのは琅燦の方でした。彼女もまた、陽子とは別の意味で天の摂理から外れた人だったから。

サイエンティストというのは時に倫理を超えた実験に心を動かされるものですが、琅燦の場合は、どこまでが計算づくだったのか。作中、彼女の心理が語られることはなく、阿選の視点からの描写なので彼女が敵なのか味方なのかはまだ霧の中に包まれているようです…


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2019.10.29 Tuesday

『白銀の墟 玄の月』第二巻 感想(ネタバレ)

『白銀の墟 玄の月』第二巻読了。白圭宮に戻った泰麒と、驍宗を探すため文州・函陽山周辺を旅する李斎の2つの視点から物語が展開していきます。

そして2つの視点の合間に、病気の主に仕える少年と、貧しい家の少女のエピソードが挟まれています。この2つが後にどう関係してくるのか。

泰麒視点・白圭宮


白圭宮に戻った泰麒は、阿選と面会。帰還を許されるものの、官吏は動かず民の救済は進まない。責任を取りたくないからのらりくらり問題を先送りにする官吏たち。

そんな官吏たちに、麒麟とは思えない心理戦で圧力をかける泰麒。あろうことか、「阿選を新王にするためには驍宗に禅譲(自ら王の位を降りる。すなわち王の死を意味する)をさせる必要がある」とまで言い放ちます。

果たしてそれは、民の救済を行うための方便なのか、それとも本当に…?

しかしなんだか泰麒の行動が陽子化してますねww
たぶんこの事件が終わったあと「胎果の王、麒麟=思いもよらない行動をする人たち」と言われそうな…



李斎視点・文州・函陽山周辺


驍宗が最後に消息を絶った函陽山周辺で手がかりを探す李斎一行。途中、土匪の頭目や道観の人々の協力を得て、さまざまな土地を訪れるものの、その全てが空振りに終わり、各地で民の惨状を突きつけられただけだった。

絶望の中、数少ない希望も得た。土匪の頭目からは驍宗が行方不明になった原因となった土匪の乱の内情を知り、驍宗配下の将軍の部下・静之に出会うこともできた。

しかし、最後にたどり着いた老安というまちで、驍宗らしい武人が匿われていたという情報を得たものの、その武人はすでに亡くなっていた…。



混迷を極める「承」


とにかくこの巻をひとことで言えば「混迷」です。なにもかもが不明瞭で、確かなことがなにも見えない。

しかし、情報も人も制限され、不確実な情報ばかりの中では、疑おうと思えばどれも疑わしい。
冢宰の趙運などは、泰麒が本当に麒麟であるのかまで疑い出す始末です。

泰麒が戻った白圭宮では、さまざまな思惑が交錯しています。これまでの戴国編を読むと阿選は「麒麟の角を切り、驍宗から王位を簒奪した極悪人」なのですが、阿選の配下でも「新王阿選」に素直に喜ぶ者がいるかと思えば、不安を感じているものもいます。

あるいは阿選によってうまい汁を吸ってきた連中は、泰麒が示した条件に右往左往し、なんとか阿選が王位につくよう画策するも、阿選には届かず、ますます混迷を極めていきます。

読めば読むほど、霧が深く、なかなか真相にたどりつけない、そんな不安を掻き立てられる二巻でした。

今後の予想


ここからは読んでみて引っかかった部分をもとに推理してみました。

使令が戻った?


作中、泰麒が「上を向いて膝をついたあと、床を見つめていた」という文があり、私はここで使令が帰ってきたのじゃないかと推理しました。

寒い庭にずっととどまっているのも、使令と連絡をとりあっているのでは…?

不気味な鳩の鳴き声


姿の見えない、建物の上にいるらしい鳩。この鳩がでてくるとき、どうもその周囲の人が「病む(魂が抜かれたような状態)」ようで、今回は最初に泰麒の世話にあたった平仲がその餌食となったような…?
この鳩が阿選が行う「傀儡廻し」との関係は…?

最大の謎


その他にも謎の少女・那利の主は誰なのか、琅燦の狙いはなにか、白幟の母子が目指す「奇跡をさずける道士」の存在、など、謎は多いのですが、最大の謎は「驍宗様の安否と居場所」「阿選の行動原理」です。

この二つの謎がどのようにして解かれていくのか、それとも謎のままなのか…



第四巻の表紙は阿選なんですかね…?彼を倒せばハッピーエンド、そんな近頃のファンタジーでは片付けられないのが十二国記の残酷さであり、魅力なんです。




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2019.10.21 Monday

『白銀の墟 玄の月』第一巻 感想(ネタバレ)

『白銀の墟 玄の月』第一巻、読了。圧倒される世界観と、そこに生きる人々の詳細で丁寧な描写、次の展開がまちきれず、ページをめくる手が止まらない。久々にそんな思いをさせていただきました。

現代のファンタジーと十二国記が違うのは、ここでは魔法やアイテムでラスボスを倒せば解決する、という単純なものではありません。理不尽な状況を変えられるのは唯一つ、人間たちの思いだけなのです。

読んでいくうち「敵」と言われる側の人間たちにもそれぞれの思惑があること、「正義」の側にもさまざまな考えがあることが語られます。



『白銀の墟 玄の月』第一巻あらすじ


泰麒と李斎が戴国へ戻ってくる。途中、驍宗の麾下で将軍だった英章の部下、項梁、阿選に意見したことで滅ぼされた道観の生き残り、去思と出会い、驍宗を探す旅に出る。

驍宗が行方不明になった当時の状況を追いながらも、行く先々で民の困窮を目にした泰麒は李斎と別れ、別行動をとることに…。

ここからネタバレ
いや、ネタバレしないと語れませんよ…

泰麒の決意


最初は李斎とともに驍宗を探すため戴に戻った泰麒でしたが、旅の途中で民の困窮を見て一つの決意をします。

それは、宿敵である阿選のいる白圭宮に戻ることでした。旅の途中で知り合った項梁だけをつれ、単身敵の中へ乗り込み、あろうことか自分を襲った阿選が「新王」だと宣言します。

「新王阿選」は本当なのか、それとも民の救済のための方便なのか…。そこもはっきりしません。ただ一つ言えることは「いちど地獄を見た者は強い」ということです。
目的のためには手段を選ばない、というか、周りが驚くような豪胆な策を打ってみせるのです。

同じく胎果である陽子、尚隆、六太も、過酷な環境下で生死の境を体験してます。
もう、泰麒は守られるだけの子供ではなく、自らの意思で希望を掴み取ろうとする青年に成長したんですね。


退廃の霧


阿選の仮朝は最初こそ機能していたものの、ちかごろでは阿選は政務に飽きたのか、表舞台に出てこず、冢宰の超運が牛耳っている。とはいえ、全体の指揮があやふやで、まるで霧の中にいるような状態が続いている。

また、官吏がいつの間にかいなくなり、傀儡のような意思のない者たちが宮中をうろついている。

読んでいるうち、あれ?この状態はどこかで読んだことがあるような…?たしか柳でも同じように王が政務を放棄し、官吏が好き勝手を始めていなかったか?

この状態は阿選の仕業なのか、それともなにか大きな不具合が十二国に起こっているのか…?謎が深まります。




2019.10.20 Sunday

『風の岸 迷宮の海』十二国記2 小野不由美

おもえばこれが、これまでの彼の人生の中で、一番幸せだった時かもしれない。
このあとに彼の運命を思うと、そう思わずにはいられません。

十二国記とは


ここで十二国記について軽くご説明を。
十二の国からなる異世界。そこでは生き物は卵から生まれる。それぞれの国に王がいて、王は麒麟が選ぶ。麒麟とは仁のけもので、人にも獣にも姿をかえられ、世界の中心部に位置する黄海で生まれる。

ときおり「触」と呼ばれる突発的な嵐により、卵は異世界「蓬莱(日本)」「崑崙(中国)」に流される。

『風の岸 迷宮の海』主人公・泰麒も、卵のうちに「触」で「蓬莱」流されてしまいます。




『風の岸 迷宮の海』あらすじ


高里要は祖母の折檻でだされた冬の庭で、白い腕に引かれて異世界にやってきた。蓬山と呼ばれるその場所で、自分は本当は「こちら」で生まれた戴国の「麒麟」、泰麒であると聞かされる。

「あちら」では、家族に疎まれ、周りとうまく馴染めないこどもだった泰麒は、すぐにこちらの世界に馴染んでいったが、麒麟としての能力が開花せず、周囲の期待に応えられないことに悩んでいた。

しかし、無情にも月日は流れ、黄海には選定を受けるべく昇山者たちが集まってくるが、泰麒はまだ、どうやって王を選ぶのかもわからないままだった…。


異世界は楽園か


最近のラノベでは「異世界に転送、または転生で成功」が流行りです。
自分とは何者なのか、もっとふさわしい場所があるのではないか。誰もがそう思い、自分の(都合のいい)居場所を追い求めます。

しかし、十二国記は甘くない。

「自分の居場所」は、選ばれたものにしか用意されておらず、その他の人間は異世界で苦労を強いられます。

一方、王や麒麟など「選ばれし者」が楽をできるかというと、そうはいかないのです。
十二国では「選ばれし者」なりの責務を、まったくの予備知識のないところから始めなくてはなりません。

責務を負わされるのに、そのすべがわからない。泰麒はそこで悩み、自分の判断に苦しみます。

けれど、選ばれなかった者はをひたすらそれを求め、選ばれし者に嫉妬する。

『風の岸 迷宮の海』と対をなす、蓬莱側からの視点で描いた『魔性の子』は、「選ばれし者」と、そうでないものの対比が描かれていてこちらもおすすめです。(ホラーですけど)




愛しいこども


読み返してみて、結局みんなが泰麒のことが大好きですね。世話をする女仙たちはもちろん、昇山者たち、あの仏頂面でツンデレ麒麟の景麒まで。

景麒の無愛想っぷりを心配した玄君に「景台輔は最初からお優しかったです。」って…!
ああそりゃみんな泰麒のこと好きになるに決まってる…!

景麒なんて『月の影影の海』で主人公の陽子を何の説明もせず異世界に拉致ったり、文句やため息ばかりのくせに泰麒に対しては自分の言葉の足りなさをわびています。

泰麒は自分を至らないものだと感じますが、その素直さ、正直さこそが、後に彼のために十二国を巻き込んだ救出劇につながっていくんですね。

これで、泰麒が性格の悪い子どもだったらきっと流されたままあちらで亡くなっていたでしょうしね。





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2019.07.15 Monday

美術版プロジェクトX『美しき愚かものたちのタブロー』原田マハ

「取り返そうじゃないか、あのコレクションをーこの国に。」このセリフを読んだ時、涙が溢れました。絵画(タブロー)を買い集め、日本に西洋美術館をつくろうとした男と、その志を継いだ男たちの思いに、胸が熱くなりました。

『美しき愚かものたちのタブロー』あらすじ


かつて実業家・松方幸次郎が日本での西洋美術館建設ためにと、私財をなげうち集めた3000点にも渡る西洋美術。「松方コレクション」と呼ばれたこれらの美術品は焼失や散逸という憂き目に会い、その後、わずかに残った数百点の作品も「敗戦国の財産として」フランス政府が没収され、日本側に通達される。

それを聞いた当時の首相・吉田茂はコレクションの返還交渉のため外交官、官僚、美術関係者をフランスへ送る。その中にはかつて松方コレクションのブレーンをつとめた美術史家、田代雄一がいた。

田代はかつて、松方幸次郎と印象派の巨匠・クロード・モネのアトリエをたずね、そこで描かれた「睡蓮・柳の反映」を目にしていた。しかし、フランス側は「睡蓮」をはじめ、ゴッホの「アルルの寝室」、ルノアールの「アルジェリア風のパリの女たち」コレクションの中枢をなす名画の返還を頑なに認めなかった。



タブローに魅せられた愚か者たち


敗戦国という負け組が、巨大権力を持つな戦勝国相手に困難な交渉をおこなう、と聞くと、池井戸潤風のの逆転劇を想像しますが、さすがは原田マハさんというべきか、重きを置くのは「ビジネス」ではなく「タブロー」なんです。

あるいは松方のタブローへの情熱と言い換えてもいい。
松方は「わしは絵のことはわからん」と生涯言いながらも、「絵でなく人を見て買う」と言われたように、自分の信頼する人物の意見と、自らの直感で名作を探り当てていきます。

特に、印象派の巨匠、クロード・モネの絵に感銘を受けたシーンの言葉が彼の人柄があられてています。
私は絵のなんたるかを知りません。何もわからない。お恥ずかしい話です。けれど、私は…なんというか、先生の作品が好きです。

この言葉は、気に入った絵は売らないことで有名だったモネの心を動かしました。

松方のタブローへの情熱は、周囲の人々にも受け継がれていき、彼の役に立ちたいとタブローの返還に尽力する美術史家の田代、戦争中、フランスにとどまり絵を疎開させた松方の部下の日置。特に後半、日置がコレクションを守るために敵国フランスで苦闘する様子が切々と描かれています。

絵を描いた者、その絵を後世のために購入した者、そしてそれを守り抜いた者、そんな愚か者たちがバトンのようにタブローを伝えてくれたから、今の私達は絵を「普通に」見ることができるのです。

2019年に開催された国立西洋美術館の松方コレクション展


返還されなかったゴッホの「アルルの寝室」のほか、他の美術館にあるタブローのほか、コレクションに関する資料や修復された「睡蓮」が展示されています。
国立西洋美術館の松方コレクション展

おまけ:やがて日本の美術館はフランス人がときめく存在に


松方が開拓した美術館創設の道は後の世で花開き、現在日本には数千もの美術館、博物館がつくられており、今では本場フランス人が「ときめく」ほどのクオリティを誇っています。

フランス人がときめいた日本の美術館

 



原田マハ作品感想
「リーチ先生」
「たゆたえども沈まず」

2019.07.06 Saturday

民俗学とミステリはよく似合う『 凶笑面ー蓮丈那智フィールドファイル』北村鴻

偶然にもツイッターのフォロワーさんのご縁で知った『蓮丈那智フィールドファイル 凶笑面』読了。歴史好き、民俗学好き、ミステリ好きの私にはたまらい小説でした。おまけに探偵役は美貌で才知に長けた民俗学者!これはシリーズをすべて読まずにはいられません。

もともと栗本薫のミステリ『鬼面の研究』を読んだときから、民俗学とミステリは親和性がある、と感じていました。民俗学は地方独特の文化や風俗を研究する学問なので、僻地での「嵐の山荘」を作り出したり、動機や凶器の演出に効果的なのかもしれません。

横溝正史のミステリも人里離れた旧家の風習が関係していますしね。



民俗学が楽しめるミステリ


大学で民俗学の講義をとっていたのですが、先生が個性的で独善的な物言いの人で若い頃はそれを苦手に思い、最後まで履修しませんでした。あの時マジメにやっておけばと後悔したのですが、まさか大人になりミステリ小説で本格的な民俗学に出会うことができるなんて…!

民俗学には興味があるけど折口信夫や柳田國男などの本も読んでみたいのですが、専門書は素人には敷居が高いので、小説の中で民俗学の知識が多少なりとも学べるのはありがたいです。

鬼の話




タイトルの秀逸さ


本タイトルとなった「凶笑面」をはじめ「双死神」「不帰屋」など意味深で、なにかがおこりそうな気配を感じるタイトルがつけられています。

話を読み進めることで、それが事件のモチーフである土地の風習とうまくリンクしており、そこではじめてタイトルに込められた意味がわかり、ゾッとするのです。

歴史とフィクションの絶妙な融合


「マレビト」「蘇民将来」「女の家」など、民俗学の用語や伝承をモチーフに、そこに独特の解釈を加えたオリジナルの、でも「ありえそう」と思わせてくれるリアルさをかねそなえた蓮丈那智シリーズです。

特に「明治時代の県令(知事)が立場を利用して古墳を盗掘したかもしれない」という実際の噂を「税所コレクション」という謎の、しかも恐ろしい物語の重要な因子して仕立ててしまう。それが歴史と現実のすき間をうまく編み込んでいて、絶妙というほかありません。

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蓮丈那智という「探偵」


人里離れた古い家が舞台なのに、横溝正史作品のようなおどろおどろとした情念があまりないのが新鮮でした。それは、美貌で冷徹な蓮丈那智という人物が、俯瞰的な視点で状況を判断し、冷静に推理し結果を導き出す姿が、探偵というより学者のアプローチで事件に向かうからなのかもしれません。

ワトソン役の助手、内藤三国からみた蓮丈那智の描写も魅力的です。その美貌のために下卑た態度をとる連中には「周りの空気を硬化させ、冷却するほどの能力」を遺憾なく発揮して心を打ちのめす。

剛気にして異端の学者。でもその魅力にはまったら(三国のように)は抗えない。そして、読者となった私も、彼女の魅力に取り憑かれてしまったひとりです。これからシリーズを読むのが楽しみです。


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蓮丈那智フィールドファイルシリーズ


「触身仏」

2019.07.02 Tuesday

『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ

本屋大賞を受賞した瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』読了。この話は多様性が叫ばれる今だからこそ、受け入れられたのではないかと思う。「普通」や「幸せ」は、ひとりひとり違うものだから。

あたらしい家族のかたち


何人もの親の間を、バトンを渡されるようにして育てられた優子。でも、それはちっとも不幸なことじゃなかったし、彼女にとってはそれが「普通」のことだった。

昔であれば「普通じゃない=かわいそう=不幸」という単純な図式で片付けられそうな、優子の家庭事情。(実際一部の人からはそう思われている。)

産みの母を幼い頃に亡くし、父親とふたりだった家族に継母の梨花さんが加わり、その後実の父は海外に。その後は梨花さんの再婚相手・泉ヶ原さんを経て、現在は3人目の父・森宮さんと暮らしている。

これまでの(今も)日本の家族は「血がつながった親子が、同じ家に暮らす」ことが理想とされてきました。それが「普通」で、そこからはみ出たものは「不幸」で「かわいそう」という認識が無意識レベルですりこまれているほどに。

でも「家族」って、「幸せ」って、大切な相手と一緒にいて楽しいのが一番大事なんじゃないかな。それを、優子とその親たちは体現して見せてくれているような気がします。



最後の父親、森宮さん


優子の最後の父親になった森宮さん。友達ともめていた優子に「元気がでるから」と、ひたすら餃子をつくったり、優子にピアノプレゼントしようとして断られると落ち込んでみたり。

やがて優子が結婚相手を連れてくると「あの風来坊」といって父親らしく(?)邪険にするし。

森宮さんが思う父親像は、残念ながらちょっとずれている。
けれどそこがいいんだよなあ。こんな父親と暮らしてみたいと思うもの。

しかし、血のつながらない(しかも成長した)子どもを引き取ることに戸惑いはなかったのか。森宮さんのこんな言葉が、答えなのかもしれません。
自分の明日と自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日がやってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。(中略)未来が倍になるなら絶対にしたいだろう。


この言葉のすごいところは、子供の明日を、自分の所有物と考えてないことだと思うんです。

親は時に自分の挫折や期待を子どもに背負わせ、自分の人生の意趣返しをすることがありますが、森宮さんや梨花さん(泉ヶ原さんや実の父親も)は優子が「自分以外の未来」を見せてくれるのを、むしろワクワクして見守っている。それが、この親たちのすごいところだなあって思うんですよ。

おまけ


私の森宮さんのイメージは、俳優の高橋一生さんです。映像化されたら高橋一生さんに演じていただきたい…。

瀬尾まいこ作品感想


「おしまいのデート」
「ありがとう、さようなら」
「見えない誰かと」
「天国はまだ遠く」
「優しい音楽」
「強運の持ち主」
「図書館の神様」
「幸福な食卓」

2019.05.25 Saturday

忘れられた作家の、忘れられない随筆『小さな町にて』野呂邦暢

野呂邦暢という小説家をご存知でしょうか。野呂邦暢は昭和49年に「草のつるぎ」で芥川賞を受賞。「諫早菖蒲日記」など名作を残すも、40代の若さで急逝。今では古本マニアや関係者以外からは忘れられている作家です。

『小さな町にて』は、野呂邦暢の故郷・諫早で過ごした少年時代、浪人と称して読書と映画三昧の京都時代、仕事を転々としていた東京時代を、作家になった現在から振り返るかたちで書かれています。

私は古本屋を舞台にした映画『森崎書店の日々』でその名前を知り、随筆『小さな町にて』を読んでみたのですが、これが本当に素晴らしくて、なんど読み返しても飽きないのです。



知識を貪った時代


『小さな町にて』の文章からは、戦争からの開放感とそれまで抑圧された知識を求める熱量、それがビシビシと伝わってきます。モノはなくとも精神が飛躍する、豊かな時代がそこにはありました。

この本の中で私が1番、感銘をうけたのが野呂邦暢の叔父のエピソードです。電電公社(現在のNTT)に勤めていた叔父は戦争と家庭の事情で進学をあきらめたものの、本とクラッシック音楽を愛したインテリでした。

「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」という言葉の出展を調べるために事典を読み漁り、図書館に何度も通います。筆者が「なぜそんな(役に立たない)ことをするのか」と問うと叔父は「ただ知りたいからだ」と答えます。

今だったら「OK Google」か「Hey Siri」で1秒もかからないのに、昭和20年代では大変な苦労をしないと答えにたどり着けない。

まるで飢えを満たすように、知識を貪り、自分の物にしたいと切望する熱量が、デジタルに慣れてしまった現代の私からすると、とても衝撃的で感動さえ覚えました。

「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」をGoogleで検索してみた結果


一瞬でわかってしまうのは、便利だけれど、どこか寂しい。
「ミネルバのフクロウは夕暮れに飛び立つ」をGoogleで検索してみた結果


本と珈琲と、音楽の青春


野呂邦暢の青春時代は、本と珈琲と音楽で占められていました。貧乏で思うように本が買えなくても、古本屋で手頃な本を探しては喫茶店で一日中本を読み、名曲喫茶でクラシック音楽を聞きまくる。ときには友人たちの下宿で文学や芸術について夜通し話し込む。

社会生活にかかわらず、好きなものをひたすらインプットするだけの時間は、なんて贅沢なんだろう。おとなになってからはしみじみと思います。それは、作者も同じだったんじゃないかな。


山王書房店主・関口良雄


『小さな町にて』の中には、作者が出会った個性豊かな人々が描写されています。(名曲喫茶の常連紳士が路上生活者だったり)中でも印象深いのが、東京・大森の古書店・山王書房の店主とのエピソードです。

山王書房の店主関口良雄氏は俳人でもあり、当時の作家たちとも親交が熱く、文章にも秀でた方で、若き日の野呂さんはよく本をまけてもらっていたのだそう。

実は、山王書房店主・関口さんの随筆『昔日の客』にも野呂さんが登場します。作家になり、ふたたび山王書房を訪れた野呂さんでしたが、関口さんは当時のことをあまり覚えていなかったらしい…。

それでも「昔日の客」として再会を喜んだ文章が綴られています。

わたしはこういう、本が「つながる」エピソードが大好きなんです。ひとつの本から別の本へ、読書の世界が広がっていきますから。



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2019.05.06 Monday

『鹿の王』続編『水底の橋』上橋菜穂子

鹿の王』の続編、『水底の橋』を読了。今回の『水底の橋』は、前作『鹿の王』以上に医療と人の命のありかたについて掘り下げられています。

『鹿の王』では、オタワル医術と清心教医術、次期皇帝選びなど、政権争い部分が未解決のままでしたので、続編で読めるのを楽しみにしていました。
『鹿の王』感想→



『水底の橋』あらすじ


帝国・東呼留の領土となった元アカファ王国。古き王国オタワル貴族の血をひく医術師のホッサルと恋人兼助手のミラルは、交流のある清心教医術師・真那から、故郷の安房那領に誘われる。

真那の姪は難しい病を抱えており、清心教医術よりも技術的に優れたオタワル医術で診察を受け、ホッサルとミラル、従者のマコウカンは安房那へと旅立つ。

一方、オタワルの情報機関「奥仕え」たちは、東呼留帝国の次期皇帝選びがオタワル医術の進退を左右するため、安房那へも探査の糸を巡らせてゆく。

安房那への旅でホッサルは、オタワル医術のライバルともいうべき清心教医術の源流を探ることになり、そのため次期東呼留皇帝選出にともなう政権争いに巻き込まれていく。



体を救う医術、心を救う宗教


清心教医術というのはチベット仏教の医術に似ているなあと思いました。チベットの医術も症状によって治療と薬が決まっていて、もう助からないという人には正直に死期を告げて、生きている間に功徳を積むよう諭します。

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助かる方法があるのなら、最後まであきらめないのがホッサルのオタワル医術で、緩和ケア的な治療と看護で安らかに逝かせるのが清心教医術なんですね。

ホッサルはこれまで技術の向上だけに力を注いで来ましたが、清心教の心を救おうとする治療について一目置くようになったのではないかな。

つらい治療を続けて少しの寿命を得るよりは、安らかに痛みのない余命を生きたいという人もいるはずですから。

医術と宗教というのは、どちらか一方でもだめで、両方がバランスよく並び立てればいいのですが、現実世界でも、この世界でも権力や政治がからむため、なかなかうまくいきませんね。

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『水底の橋』とは


このタイトル『水底の橋』とは、果たしてどんな意味がこめられているのでしょう。文中、ミラルの父で橋梁工事の職人・ラハルが「水底に沈んでも形を変えず、連綿とつながっている橋」として紹介しています。

それは、宗教と合体し、時代とともに変化するも、その魂は始祖から受け継がれている清心教医術を指しているようですが、私はホッサルとミラルの関係にも当てはまるのではないかな、と思うのです。

身分も立場も違う(おまけに初恋を引きずっている)ホッサルとミラルの不安定な関係、ですが、心の奥底でぎっちりとつながり離れることはないのだと。

まあ、今回思い切りがよかったのはミラルですね。彼女の行動が突破口を開いてくれます。男はいつも、一歩遅れるなあ、どの世界でも。

2019.04.29 Monday

『鹿の王』を再読してわかったこと

上橋菜穂子さんのファンタジー小説『鹿の王』の続編『水底の橋』が出ると聞き、あらためて『鹿の王』を再読してみました。

『鹿の王』のあらすじをざっくり説明すると、大国・東乎瑠との戦に破れ、奴隷に落とされた戦士ヴァンと、古い王国の貴族の血をひく医術師ホッサルが、突然発生した感染症「黒狼病」と、病にまつわる国や部族の陰謀に巻き込まれて、その中で真相を探っていくお話です。

ファンタジーに「医療」という新ジャンルを築き上げた、革新的な物語でもあります。



「鹿の王 生き残った者」
「鹿の王 還って行く者」

医療を描くということ


前にも書きましたが、最近のファンタジーは転生すればなんとかなるし、ゲームのように死んでもリセットできる設定が多いような気がします。でも上橋作品は違います。ポーションなんてないし、人は死んだらそれまでなんです

だからこそ、『鹿の王』のもうひとりの主人公・医術師のホッサルは自らの技術を駆使して人を救おうと奔走しています。たとえ病の原因をつきとめ、特攻薬ができても、人の体の中で何が起こるかは予測がつかないと語っています。

上橋先生はファンタジーで医療を描くに当たり、きちんと医療の監修を行っているので、その言葉はとても深く重く、心に響きます。

『鹿の王』と対照的だなと思ったのが『がん消滅の罠 完全寛解の謎』です。
がんが突然治る(寛解)の謎を追うミステリですが、この寛解トリックはどこか人の体を均一なものとして捉えているような気がしたんです。

理論的には可能でしょうが、果たしてこんなにうまくいくのかな…?と思ったんですよね。物語の中、ホッサルは人「病を支配できる者などいない」と、医療の難しさを語っています。

物語中の病でも、薬が効く人と効かない人がでてくるし、人の体には親から受け継いだものの他にさまざまな要因があるわけだから、そうやすやすと万能薬なんてできるはずがないのです。だからみんなあがいているのでしょう。

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人間に都合のいい神


私達の住む世界でも、テロや暴力の言い訳に宗教をつかう輩がいますが、『鹿の王』でも神の呪いを利用して、敵を襲う者が現れます。

怒りに周りが見えず、目的が達成できれば、ほかの人間を傷つけても構わない。そんな理論を正当化し、自分たちだけが「正義」だと思いこむ集団の行動は、読んでいてゾッとしました。

私が一番モヤモヤしたのところは、ある部族が自分たちより階級が下の人々に対し、蔑みながらも自分たちの「正義(テロ)」を手伝うのが当然だ、と思っているところです。

読んでいる時、私は思わず本を閉じて周りを見回しました。これは、私達の世界でも同じことが起きてるな、と。

自分だけの正義を他人になすりつけて攻撃する。紛争でもネット上でも、人は、自分に都合のいい理屈をみつけるのがうまいですよね。

そんな「正義」に対して、上橋先生はこう書いています。

呪いを受けるべきものがこの世にいるとするなら、神々のご意思を、自分の思いたいように語る輩の方だろう。

架空の話としてではなく、実際に私達の世界でも起きていることとして認識しないといけない。そう思いました。

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