2017.11.17 Friday

案の定、はまってしまった向田邦子『父の詫び状』

昔、向田邦子新春ドラマシリーズをみたことがあります。お正月に放送されたそのドラマは、たいてい戦争前の時代で、女系家族の穏やかで静かな生活が描かれる一方で、その家の長女(もしくは母親)が人に言えない相手との道ならぬ恋に落ちるストーリーに、こどもごころにスリルとエロさを感じました。

淡々とした日常と、そこに潜む秘密。そんな艶っぽいドラマを描いた脚本家・向田邦子さんの名エッセイ『父の詫び状』。読むと絶対にハマってしまうだろうと、今まで読まなかったのですが、手に取る機会があり読んでみたところ、案の定でした。また読みたい本が増えてしまった…。

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昭和の暮らし


向田邦子新春ドラマだったと思いますが、空襲のあと家族が生き延び、家も無事だったとき、隠しておいた食材を使って、お芋の天ぷらや砂糖入りの紅茶といった、ささやかで豪華な晩餐をひらくシーンが印象的でした。

実はこれって、向田さんご自身のエピソードだったんですね。『父の詫び状』を読んで初めて知りました。空襲のあと、とっておいた食料で同じように晩餐をひらいています。

向田さんのエッセイには、ほかにも子供の頃のおやつの思い出、子どもたちが寝静まったあと、大人だけで食べる果物、それを時々わけてもらったこと。そんな、食べ物にまつわる話が多く出てきます。

戦前の暮らしはとても静かで淡々としているけれど、時計のコチコチとした音や、母親が鉛筆を削る音、優しい生活の音に囲まれてとても美しいものでした。


また、『父の詫び状』の中には、タクシー運転手にお金と間違えて家の鍵を渡して誤解されたり、留守番電話をつけたら黒柳徹子さんが何度もかけてきて喋り倒した挙句、用事を言わなかった、というエピソードはドラマ「トットテレビ」でも描かれています。

向田邦子さん役はミムラさん。いい雰囲気でした。

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懐かしい昭和の父親


エッセイの中に出てくる向田さんの父親は、典型的な昭和の父親でした。見栄張りで家族には居丈高で尊大。気に入らないことがあれば怒鳴り散らす。子供である向田さんにも、正月客の宴を手伝わせたりしていました。

ただ、そんな居丈高な父親でも、時折ふとみせるやさしさや弱さを、向田さんはその鋭い感性で拾い上げて描き出しています。思えば昭和という時代には多かれ少なかれ、向田家のような頑固で強い父親がいたものです。
私の父もそうでした。

『父の詫び状』は向田さんの家族の思い出であるとともに、昭和の父親を持つ読者にも、自分の父親を懐かしむことのできるエッセイでした。

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2017.10.25 Wednesday

部屋にまつわる謎、あります。『物件探偵』乾くるみ

最後のページですべてをひっくり返したすごいミステリ『イニシエーション・ラブ』の乾くるみさんがの『物件探偵』。物件にまつわる謎を風変わりな不動産探偵、不動尊子が解き明かしていく短編集です。

各章のタイトルがそのまま物件情報と間取り図になっているのが面白い趣向です。

異色の探偵・不動尊子


これまでも『東京ロンダリング』など不動産に関わる小説は読みましたが、『物件探偵』が扱うのは主に不動産。
部屋の借り主や持ち主が(そうとは知らずに)抱えることになったトラブルを勝手に解決していきます。

彼女は毎回宅建認定証を印籠がわりに、トラブルを抱える物件に乗り込み勝手に推理を始めてしまいます。どうやら多くの不動産を扱ううちに、その家の気持ちがわかるようになったらしいのです。
部屋の借り主や持ち主のもとを訪れては「部屋が泣いています。」などと、部屋の気持ちを代弁し強引にあるべき姿に整えていく。しかし、その経歴は(宅建資格)以外はほとんど謎に包まれています。

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身近なのに難解な不動産業界


家を借りたり、買ったりという行為、私たちは普段当たり前に行っていますが、とても大きな金額を扱うのに、そうした契約時の手続きは正直よくわからないことが多く、不動産屋さんの言うとおりに書類を書いて捺印してしまっています。

しかし世の中には悪質な悪質不動産屋もいて、物語ではそんな詐欺事件も扱っています。投資用に物件を相場より高く売りつける詐欺や、自分の横領を隠すために住人を追い込んだりと、恐ろしい不動産業界の裏側が見えてきます。

そんな悪質な被害をうけないためには、やはり私達も勉強が必要ということですね。

ところでこの「物件探偵」読みながら不動産の勉強にもなります。バルコニーとベランダのの違い、心理的瑕疵物件とはいわゆる事故物件で借り主に告知の義務があるなど、実際に役立つ知識も。

『イニシエーション・ラブ』でも感じたけれど、乾くるみさんはこうした理系の解説がとてもうまくてわかりやすいですね。

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2017.09.27 Wednesday

大泉洋あてがき、出版界の陰、騙し絵の意味『騙し絵の牙』 塩田 武士

罪の声」の塩田武士さんが、大泉洋のためにあてがきしたミステリ小説『騙し絵の牙』読了。
話術に長け、人を惹き付ける魅力を持つ編集長・速水が自身の雑誌「トリニティ」の廃刊を聞かされ、奮闘するのですが、実はもうひとつ、この話には「騙し絵」のような裏があり…

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出版界の陰


出版に携わる人々が一致団結して漫画をつくる出版界の光の部分が「重版出来!」だとしたら、『騙し絵の牙』は出版界の陰の部分を描いた作品でしょう。

ネットに時間を奪われ、風前のともしびと化した出版界。作家の発表の場であり、収入源である文芸雑誌を廃刊に追い込む出版社。読者よりも話題性と売上を求める会社上部、売上重視で中身のない媒体なりつつある出版に、作家も編集も疲弊していく。しかし、作り手側も「今までのやり方がいい」と唱えるだけで、なんの進展もない。

今までの編集気質では、本や雑誌は他のメディアに太刀打ちできない状況にまで追いやられている現状にぞっとしました。有川浩さんも著作で「活字を読む人は希少種(になっている)」「これまでの伝統を守っているだけでは、活字は他のコンテンツに勝てない。」とおっしゃっていました。

せめて、本好きにできることとして、「好きな作家の本だけでも単行本で購入する」くらいのことはしないと…

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倒れるときは前のめり
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大泉洋あてがき小説


主人公・速水は大泉洋さんに似せて、宛書で描かれているため、話すセリフも大泉さんが実際にしゃべっているような口調なんですよ。、水曜どうでしょうファンには「ペ・ヨンジュンからの田中真紀子、鈴木宗男のモノマネ」など、懐かしいフレーズがでてくるのもうれしい。

大泉さんが演じているかのような速水に引きずられて、他の登場人物たちもついついどうでしょう班やチームナックスのメンバーで「あて読み」してしまい、まったく違うキャラなのに速水の上司を「じゃじゃじゃじゃじゃあ、トリニティ、廃刊にするから!」と藤村Dに変換して読んでました…。




「騙し絵」の持つ意味


速水は雑誌の廃刊を阻止すべく、作家へのアプローチ、メディアミックスが期待できる女優の小説掲載、テレビ局への根回し、果てはパチンコ産業とも手を組み、あの手この手で雑誌の売上を伸ばそうと奮闘します。
しかし、そのどれもが後手にまわってしまい、上司、部下にまで裏切られてしまいます。

最後に速水は労働組合の会合で相沢と専務に自分の編集への思いを吐露しますが、それも空振りに終わってしまう。

そんな展開が第一章から第六章まで続きます。速水はこのまま負け組で終わってしまうのか…と思ったら、最後の最後に文字通り「騙し絵」のもうひとつの顔が浮かび上がってくるんです。

これだけでもネタバレになりそうなので、ぜひ読んでみてください。出版界を支えるためにも、できれば単行本で、正規の値段で。


男としては最高、家庭人としては最低


最後に一つ、気になったところを。
容貌も話術も、人を惹き付ける魅力を持つ速水。もちろん女性にもモテるのですが、私がいまひとつ彼にのめり込めなかったのは、不倫ではなく、妻を人間扱いしなかったこと。速水にとって娘だけが家族であり、愛すべき対象なんです。

もちろん、妻の方にも問題はあるのですが、速水は徹底して妻に「愛する娘を世話する人」以外の役割を与えなかった。これは、夫が一番やってはいけないことだと思います。

娘にとっても「愛する母」をないがしろにするのが「愛する父」だった場合、ふたつに引き裂かれるわけです。心が。私自身も父が私を溺愛してくれたその口で、母を罵るのを聞いて、どれだけ辛かったか。

速水も娘を傷つけたことを深く後悔はするのですが、そのベクトルは最後まで娘にだけ向いています。この人は結局、娘を通じて、自分自身しか愛せないんじゃないかとも感じました。

映像化するなら奥さんを鼻持ちならないくらいに描かないと、女性からは支持を得られないでしょうね。

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2017.08.26 Saturday

『陸王』池井戸 潤

池井戸潤作品『陸王』読了。初めての池井戸作品だったのですが、テンポがよく、読みやすい文章と、巨悪…じゃなかった、大企業に立ち向かう弱小チームの活躍に、ページをめくる手が止まりませんでした。

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『陸王』あらすじ


百年続く足袋製造業「こはぜ屋」の社長、宮沢は、先細る足袋の需要に会社の存続をかけ、足袋づくりのノウハウを生かしてランニングシューズ「陸王」開発の新規事業を立ち上げる。
しかし、そこには問題が続出。シューズの知識も乏しいまま、開発は難航し、親身になってくれた取引銀行の担当者の左遷、銀行の横暴(貸し渋り)、ようやく、ほかにはないソール(靴底部分)素材を探し、新素材の開発者、飯山をみつけるものの、飯山は法外な特許使用料を要求し…

一方、ダイワ食品の陸上選手・茂木はケガによる不調から、大手メーカー、アトランティスからシューズの提供を拒まれ、アトランティスのカリスマシューフィッター・村瀬は、選手よりも業績を重視する上司の小原のやり方に反発し、退職に追い込まれてしまう。

宮沢は村瀬や飯山に協力を仰ぎ、「陸王」の開発に取り組むが…

物ではなく、物に込められた魂を買う


『陸王』の中でこんなセリフがありました。

「陸王」に秘められているのは、シューズとしての性能だけではない。この開発にかかわってきた者たちの夢だ。

その夢と情熱がやがて人の心を動かし、仲間を増やしていきます。最初はまったく取り合わなかった茂木選手も、辛いとき支えてくれた宮沢や村瀬の気持ちにこたえ、アトランティスをけって陸王をはき続けることを選びます。

一方で大手企業のアトランティスは、卑劣な手段でこはぜ屋を陥れようとしたり、銀行は尊大な態度で貸し渋るし、弱者である陸王チームを見下す態度をとります。(このへんは、池井戸作品の定番ですね…)

商売は夢と情熱だけでは成り立たないけれど、最後に勝つのはビジネスよりも思いなんじゃないかな、と私は思うのです。『陸王』メンバーたちを見ていると、近江商人の「三方良し」の精神を思い出しました。
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」
商売は売り手も買い手も満足し、地域社会にも貢献できるといった意味のこの言葉は、まさに陸王の精神を体現しているのではないでしょうか。だからこそ、人は惹かれるんでしょうね。

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こはぜ屋を守るには、着物業界の裏側


創業100年を超えるこはぜ屋の経営が立ちいかなくなるのは、経営側だけの問題ではないなと思います。私は、和装が趣味ですが、着物を着ない日本人にとって足袋はほとんど必要のないものです。

また、着物を着る人でも、私のようなかけられるお金が少ない人間だと、安い量産品の足袋ですませてしまうことが多いです。それには一部の悪徳着付け教室や呉服屋が、着物を高く強引に売りつけることで一般のユーザーが敬遠してしまうという裏事情もあるのではないかと思っています。

こはぜ屋を存続させるためには、宮沢さんのように新しい事業に挑んでいくのも大事ですが、ユーザー側も、
なんでも安く済ますのではなく、職人さんたちがつくった性能の高い製品にはきちんとした対価を支払うことが大事なのだなと感じました。


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『陸王』を読んでいて、「あれ?行田って『のぼうの城』の舞台の忍城があるところだわ。」と気づきました。

この地は昔から弱小と蔑まれる集団が、知恵と団結力で巨大組織に立ち向かってた気質があるのかもしれない。


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2017.08.08 Tuesday

『アンマーとぼくら』有川浩

有川浩さんのアンマーとぼくら読了。

沖縄を舞台に描かれる、家族の物語。リョウは休みをとって沖縄のおかあさんと3日間過ごすことになった。おかあさんと家族の思い出の場所をいくつもをめぐるうち、北海道から沖縄に来たばかりの小学生の頃の自分と出会う。

リョウの父はカメラマンで、まるで子供のような人だった。実の母が亡くなり、一年もしないうちに晴子さんと結婚するため、むりやり移住されられてから、リョウと「おかあさん」、そして父親の沖縄暮らしが始まったのだ。

家族の思い出の場所をめぐるうち、リョウは沖縄も晴子さんも嫌いだったころのことを思い出す。その頃のぼくといまのぼくは、過去の後悔をとりもどすことができるのか。

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ごめんなさい、有川先生


この物語は、主人公の父親を許せるかに否にかかっているのだと思います。そして私は許すことができませんでした。いい物語を書いてくださったのに、有川先生に申し訳ないです。

すごく素敵な物語なんです。沖縄の日常風景や、聖地の御嶽(ウタキ)、竜に見える海の波、大切な家族の思い出の場所をめぐる旅の、楽しさの中にある切なさと悲しみ。「お母さん」と「おかあさん」の大きな愛、主人公との絆、今思い出しても涙がでます。

ただ、私はどうしても、あの父親を受け入れることができませんでした。

リョウが母親を亡くしてまだ1年たらずなのに、沖縄に移住するぞ!、晴子さん(おかあさん)と結婚するぞ!晴子さんをお母さんと呼べ!(実の)お母さんのことは忘れろ!というのは無茶苦茶すぎる。子供にとって、住む場所が変わるだけでもストレスなのに。

お父さんサイドから見れば、リョウのことを思ってはいて、理にかなった答えなのかもしれないけれど、リョウ気持ちを一切考慮せずに説明せず、子供のようにわがままを通す。

読んでいて私は、怒りや悲しみで、まるで腹に石をのまされたように気持ちがが重くなり、しばらく立ち直れませんでした。

物語は自分を映す鏡


きっとお父さんは、自分とリョウの気持ちが違うなんて想像がつかなかったんでしょうね。特に私は、HSP気質なので、あんな風に父親に振り回されたら、一生父親を許せないと思う。そしてなぜ、お母さんも、おかあさんも、あんな父親をとことん愛しぬくのか、どうしても理解できませんでした。

それは私が、父親とおなじく、自分の気持ちが一番大事で、わがままで、傷つきやすい子供だからなのかもしれません。
私は、いじめにあったりして、人に嫌われるのが怖くて、わがままを極力我慢して常に気をまわしながら生きているのに、なんでこの人は、なんでもかんでも好き勝手をして許されるのか。

そんな羨ましさとも、憎さともつかない思いが渦巻いてしまい、うまく読むことができなかった。それは、きっと、私の器の小ささ、心の狭さ、ものの見方の偏りによるものでしょう。

登場人物の言動に自分の感情を映すことで、普段意識できない自分の思考や考え方をとらえることができるし、別の登場人物に寄り添えば、また違った感情を発見する。もしかしたら、物語というのは、鏡のようなのかもしれません。

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2017.08.02 Wednesday

八咫烏シリーズ6『弥栄の烏』阿部 智里(ネタバレあり)

八咫烏シリーズ第一部完結編『弥栄の烏 八咫烏シリーズ6』読了。

いやー、すごい。すごい物語でした。前作の『玉依姫』で八咫烏と山神の世界にいちおうの完結がなされたものの、八咫烏の世界の謎はもっと深く、恐ろしいものだったのです。
弥栄の烏』は、前作『玉依姫』と対をなす物語で、山神と玉依姫のできごとを八咫烏側からの視点で描かれます。

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正直、前作で世界の謎が明らかにされたたので、そんなに書くことがあるのだろうか?と思っていたら、同じ時間軸の同じ事件なのに八咫烏側からみると、こんな展開があったのかと。阿部智里先生の見せ方の巧みさに、今回もまた驚かされました。

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『弥栄の烏』あらすじ


人型をとる八咫烏が暮らす世界「山内」。そこへ人を喰らう猿が襲ってきた。参謀となった雪哉を中心に猿との戦いの準備をすすめる八咫烏だが、あるとき山神の怒りによって山内が大災害に襲われる。山神の怒りを鎮めるため、若宮・奈月彦は神域へと向かう。

そこには人を喰らい、化け物と化した山神がいた。奈月彦は山神の怒りを鎮めるため、人身御供とされた人間の少女の世話を仰せつかる。その一方で山神を元に戻すために山神の正体を探ろうとするうち、自分自身、「金烏」とは何なのかを自問するようになる。

一方、猿に調略された山神に仲間を殺された雪哉は、感情を抑え猿討伐に挑み…

ネタバレ:玉依姫の対をなす物語


『弥栄の烏』は、現世を舞台にした『玉依姫』と対をなす物語なので、起こる事件もそのまま、八咫烏側から見た視点で描かれます。山神と志穂との間の事件の合間に、なぜ真赭の薄が山神のもとへ行ったのかなど、細かい事象が語られます。また、「玉依姫」の物語が終わった後の、猿との最後の決戦が描かれていきます。

そして今回、山神の怒りをかって殺された人物が誰なのかがわかります。

茂さん、澄尾…(´;ω;`)ウッ…予想があたってしまった…。雪哉の親友、茂丸が山神の癇癪で命を落とし、澄尾も重体。茂さんは、時に辛辣にみえる雪哉の気持ちを、よく掬い取ってくれていたから、茂丸がいなくなった後の雪哉は、手段を択ばない冷徹な参謀と化してしまい、今後が心配だよ…。

神とはいえ、子供のやることはえげつない…。そういや、この神も子供だけど、しれっと宇宙消しちゃうもんな…。

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ネタバレ:金烏の正体


八咫烏が敬うべき山神は、猿の甘言により人の肉を喰らって化け物と化してしまう。それでも山内への影響を考え、奈月彦は烏天狗とともに山神の正体(真の名)を探っていきます。その過程で真の金烏の意味を探ることにもつながっていき…。

この、真の金烏の正体というのが、ミステリでいうところの犯人捜しにあたり、核心にいたるまで幾重にも謎が重なりあっていたのです。

物語の終盤、奈月彦は金烏と山内の本当の意味を猿から告げられることになります。実は八咫烏と猿は、今の山神が来る前まで共同で山をおさめていた女神でした。八咫烏の女神が、山神の眷属とつがい、生まれたのが「宗家」だからこそ、真の金烏は「八咫烏の母であり父」だったのです。


ネタバレ:猿の憎しみ


しかし、神から神の使いになった八咫烏に恨みを抱き、己の血族をも巻き込んだ猿神の復讐劇は『黄金の烏』で猿を引き込んだ犯人の独白に似ているなと思いました。

土地神としての誇りを奪われ、盟友に裏切られた恨みをずっとひきずって、念入りに山神と玉依姫の仲を裂き、八咫烏を襲い、奈月彦を追い詰めます。

謎は解かれたものの、猿の呪いにより山内はいづれ滅びの道をすすむことが運命づけられてしまいます。

ネタバレ:女性の活躍


「烏に単衣は似合わない」以外、八咫烏がシリーズは男性中心の物語でしたが、今回はいろいろなところで彼女たちの物語も大きく展開していきます。『玉依姫』で志穂の世話役として登場した真赭の薄と奈月彦の妻、浜木綿。浜木綿は奈月彦のこどもを身ごもるものの、流産してしまい、真赭の薄に側室になるように勧めます。

真赭の薄は、いがみあっていた澄尾が自分を思っていたのを知り、彼を助けるために山神のもとで玉依姫の世話役をかってでます。今回はお嬢様だった真赭の薄の成長が目立ちました。


また、浜木綿も、最終的は真赭の薄の気持ちを優先させたり、滅びの道をたどる山内を背負う奈月彦に「ただの烏になったっていいじゃないか」と勇気づけます。

八咫烏シリーズ外伝「しのぶひと」は真赭の薄。「すみのさくら」は浜木綿のお話です。

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そして気になるのが、奈月彦と浜木綿の子が女の子だったこと。姫宮だということは、土地神時代の八咫烏が女神だったことと関係するのでは…?


表紙の絵は土地神時代の八咫烏ではないでしょうか。平安風の衣装は山神時代のものですから。裏面には赤ん坊をだく奈月彦らしい人物が描かれその足元には青い朝顔が。

青い朝顔は浜木綿が奈月彦に話した「ただの八咫烏になったって生きていける」とい話とリンクする花です。
さて、これから山内の世界はどうなるのか…?第二部が楽しみです。

いよいよ八咫烏シリーズ外伝『烏百花 蛍の章』の発売が決まりました。これまでの短編に加えて書き下ろしも。

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八咫烏シリーズ


『烏に単衣は似合わない』
『烏は主を選ばない』
『黄金の烏』
『空棺の烏』
『玉依姫』
外伝『すみのさくら』
外伝『しのぶひと』
外伝『ふゆきにおもう』
外伝『まつばちりて』
外伝『あきのあやぎぬ』

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2017.07.26 Wednesday

心にしみこむ癒しのことば『マインドフルな毎日へと導く108の小話』アジャン・ブラム

これまでにも心理関係の本は読んできましたが、この本がいちばん、すっと心に入ってきました。なんというか、いちばんしっくりくるのです。

例えるなら、水のようなものでしょうか。読むとするっと体に入ってきます。そこで初めて、今まで自分の心がが渇いていたかがわかりました。

マインドフルな毎日へと導く108つの小話』は、テラヴァダ派のイギリス人僧侶・アジャン・ブラム師の説法集です。説法といっても堅苦しくはなく、人が感じる痛み、恐れ、怒りなどを収める方法として、ブラム師自身の体験や仏教の説話をもとにして説き聞かせてくれます。

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宗教の説法にありがちの、自分の意見を押しつける感じが一切なく、ユーモアを交えて語ってくれます。その中には、「こんな考え方があるんだ!」と、目からウロコの話も多く、新しいものの考え方、とらえ方を教えてもらいました。

その中で印象にのこった話を、書き出してみます。

悲劇は大量の糞


まず、お堅い宗教で不浄な糞を例えに出すのに驚きました。アジャン・ブラムは自分の身に起きた悲劇を「家に積まれたトラック一杯の糞」だと教えます。

自分の責任ではなくとも、家の糞を片付けず、ただ嘆いているだけではひどい臭いもするし、虫だって湧くでしょう。それなのに人は時々、糞ポケットに入れて持ち歩いてしまいます。

それはつまり、「悲劇」という糞を、他人になすりつけようとする行為なのだと。もちろんそんなことをすれば、家族や友人、周りの人に不快な思いをさせることになり、人は自分から去っていきます。

私の知り合いにも、家が埋まるほどの一杯の糞をかぶせられた人がいました。彼女は最初のうち自分の糞をまき散らすことに熱心で、私たちもその悲劇の汚臭にやられて、一時期遠ざかるしかありませんでした。
しかし、そのうち落ち着いて、自分の家の糞を片付けるようになりました。(それでも時々、まき散らしますけど)

自分の身に起こった悲劇は、自分にしか片付けられない、そして、それを片付けられたら、庭には美しい花が咲き誇るのだと、アジャン・ブラムは教えてくれました。

そういえば、禅宗の禅問答にも「仏とは?」「糞かきベラ(紙がない時代にトイレで使ったヘラ)だ!」というのがありますし、不浄のものの中にも、真理があるのかもしれませんね。



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2017.07.11 Tuesday

『横浜駅SF』柞刈湯葉

横浜駅って、なんかずっと工事してない?』というのが、首都圏住民の共通認識だったりします。実は、駅が作られて以来ずっと、工事を続けているのだとか。

そんな横浜駅の状況を逆手に取って、自己増殖する駅と、それに抗う人というSFに仕上げた『横浜駅SF』読んだとたん、やられた〜と思いました。身近な事象の意味をずらすことで、まったく異なる世界が作られていくのです。
それがもう、絶妙で。こんな感覚、椎名誠の「武装島田倉庫」作品以来だわ。

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『横浜駅SF』あらすじ


「冬の戦争」終結後、統治システム、統合知性体となった横浜駅は構造遺伝界と呼ばれる自己増殖を繰り返し、ついには横浜駅が本州をほとんど覆いつくした。人々は横浜駅の「エキナカ」に暮らし、横浜駅からはじかれた人間はエキナカを追放され、わずかな土地で細々と暮らしてきた。

本州以外ではJR北海道とJR九州が、様々な技術を独自に開発し横浜駅に抵抗を続けている。

そんな駅外のコミュニティ・九十九段下で生まれ育ったヒロトは、追放者から「18きっぷ」を渡され、エキナカへの冒険にでかける。ほんの物見遊山のはずが、駅員につかまり、JR北海道の工作員と出会ったことで、彼と横浜駅の運命は大きく動いていく…。


横浜駅SFの世界


雰囲気は『武装島田倉庫』『アド・バード』どの椎名誠SF作品に雰囲気が似ています。椎名作品もそうなのですが、普段見慣れた施設や機械の用途をずらして、まったく違う意味を持たせることで、独特の世界が現れるのです。
(作者自身も『アド・バード』影響があると、あとがきで語っていました。)

『横浜駅SF』では、我々が日常目にする駅のSuicaは人間に埋め込まれ、自動改札は不審者を排除する武器を持った自立式AIとして描かれます。

そして、「駅」はもはや交通機関としての用をなさず、「構造遺伝界」と呼ばれるシステムで自己増殖し、もはや人間がの意図を無視し雑草並みの増殖力で本州を覆いつくし、意味をなさない通路やエスカレーターが日々増殖していくのです。

反横浜駅勢力の人々が使う通信手段TCP-IPの画面は、昔懐かしいパソコン通信時代のようで、ちょっと懐かしいww

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こんなこと、現実に起こるはずが…と思いますが、実は、現実でも徐々に増殖していそうな駅があります。上野駅はホームが何層にも重なっている部分があって、見ようによってはSFチックな風景となっています。
上野駅ホーム


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2017.07.03 Monday

『天と地の守り人 ロタ王国編』上橋 菜穂子

『精霊の守り人』シリーズの完結編『天と地の守り人』、ロタ王国編、カンバル編、新ヨゴ編、3部作からなる壮大な物語です。

『天と地の守り人 ロタ王国編』あらすじ


南の強国・タルシュの侵攻に備え、国境を封鎖する新ヨゴ皇国。女用心棒バルサは、国外に取り残された人々を国に返すため山越えの用心棒をしていた。ある時皇太子チャグムとともに海に出た新ヨゴの海士から、チャグムの手紙を渡される。海に落ちて死んだとされていたチャグムが生きていた。タルシュに対抗すべく、ロタ王国に同盟を求めにひとり旅立ったらしい。

バルサはチャグムの足取りを追ってロタ王国の港、ツーラムで情報を集めるが、国や組織のさまざまな思惑が入り交じったロタでチャグムの命は危険にさらされていた。果たしてバルサは、チャグムに出会うことができるのか。

一方、タンダはタルシュの戦のため徴兵され、戦地へ赴くことに…。

天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)
』は、チャグムが主役の『旅人シリーズ』、この物語のラストから、『天と地の守り人』につながります。

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『ロタ王国編』みどころ


精霊の守り人シリーズでは、勧善懲悪という概念はありません。悪役であるタルシュ帝国側ですら、完全な悪とはいい難い。ひとつの立場から見れば正義でも、別の立場から見れば悪にもなりうる。そのため敵の中にも味方があらわれ、味方の中には敵の内通者がいる。

物語の舞台となるロタ王国は、北と南で格差が大きく、自らの利権を保持するため南の領主たちはタルシュと結んで王を倒そうとします。そのため、ロタとの同盟を求めるチャグムを殺そうとする一方で、ロタ王の密偵・カシャルは、王を守るためチャグムを逃します。

そんな中でチャグムだけは「みんなを救いたい。」というまっすぐな思いだけをもって進んでいきます。その思いは、敵方の密偵ヒュウゴの心を動かし、ロタ王子イーハンも、国が大変な中でもチャグムに出来る限りのことをしてあげようとします。

バルサが「もう、自由に生きたらどうだい?」と言っても、「その道に行っても楽になれない」と返します。
そこにはもう、小さかったチャグムの姿はなくて、自分の運命から逃げずに立ち向かう青年の姿がありました。このあとバルサとチャグムは、かすかな可能性をかけて、また旅を続けることになります。

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『天と地の守り人』は一度読んで内容を知っているのに、バルサとチャグムが危機に陥るとハラハラしながら読んでいます。それだけ、この作品は物語の中に惹き込んでいく力があると思うのです。

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ドラマ「精霊の守り人悲しき破壊神」では、『天と地の守り人 ロタ王国編』までが映像化されています。
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レビューポータル「MONO-PORTAL」

2017.04.18 Tuesday

活版印刷がつなぐ物語『活版印刷三日月堂 海からの手紙 』

前作『活版印刷三日月堂 』を読んで、すぐに読みたくなって続編を手に入れました。

([ほ]4-2)活版印刷三日月堂: 海からの手紙 (ポプラ文庫)』は、川越で活版印刷所を営む若き店主・弓子さんと、お客さんとの物語。

弓子さんはお客さんとのやりとりから、お客さんが本当に求めている文字のかたちを探し出してくれます。4つの物語がでてきますが、登場人物は前の物語の登場人物と少しずつつながっています。そのつながりが、三日月堂が広がっていくようで、読んでいる方もうれしい。

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ちょうちょうの朗読会


朗読講座を受ける小穂たち4人は、先生に薦められ、あまんきみこさんの童話「車のいろは空のいろ 白いぼうし」朗読会を開くことに。パンフレットも同時につくることになり、小穂は同僚の結婚式で配られた活版印刷を思い出し、三日月堂を訪ねる。

弓子さんのアドバイスで、パンフレットのイメージも決まり、朗読の練習に励む4人だったが、小穂だけは自分の朗読に自信が持てず…。

朗読と活版印刷、どちらも言葉を伝えるものだけど、それ自体が目立ちすぎてもいけなくて、透明できれいで、相手に伝わらなければいけない。朗読も、読んでいる声に個性が出すぎると、物語がおろそかになるのでしょうね。

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あわゆきのあと


小学生の広太は、先生の朗読会でパンフレットを作った三日月堂に興味を持ち、時々店を覗き込んでいた。ある日、父親から生まれてすぐ、死んでしまった姉・あわゆきがいたこと、その骨が今もうちにあること、今度の法事であわゆきをお墓にいれる決心をしたことを知らされる。

わずか3日で死んでしまった姉のこと、死ぬということ、父や母の思いを考えはじめた広太は、三日月堂で知った「ファースト名刺(赤ちゃんに贈る、名前だけの名刺)」をあわゆきと、両親のために作ろうとする。

広太くんくらいの年頃って、死というものを初めて意識する時期だと思うんです。怖がったり、相談したり、たいていは忘れようとしてやり過ごすのだけど、広太くんはまず、あわゆきのことを考えるんですね。ただ怖がったりせずに、家族のためになにができるか考えるのって、すてきな子だなあと思います。

そして、ファースト名刺、すてきですね。赤ちゃんは最初に名前だけがあり、そこから成長して自分を表す言葉を加えられていくんですね。


海からの手紙


川越に住む昌代は、親戚の子供・広太からもらった「あわゆき」の名刺に惹かれ、三日月堂へ。学生時代、銅版画と製本を学んでいた昌代は、貝をモチーフにした銅版画を好んで作っていた。恋人と別れたことで銅版画から離れていたけれど、弓子さんと話すうちに銅版画への情熱を思い出し、また、彫り始めるようになる。やがて弓子さんの活版印刷と、銅版画で、貝殻の豆本をつくることになり…

この、豆本制作の過程がワクワクするんです。新しい情熱に突き動かされてニードル(銅版画の彫刻刀みたいなもの)を動かす。描くことによって、昌代さんは過去の傷を癒やしていきます。本当に、ものを作るって楽しくてワクワクします。私も、なにかしんどいことがあると、手芸やてづくりをすると、心が楽になります。

俺達の西部劇


川越の町で偶然、貝の豆本を手にした片山隆一は、活版印刷三日月堂が今も営業していることを知る。片山の父はライターで、三日月堂の先代で弓子さんの祖父とも交流があった。

片山は、奔放でわがままな父が嫌いだった。父のようにならないため懸命に生ききてきたが、心臓病でリタイアすることになり、家族ともぎくしゃくしはじめる。そんな中、父の仲間から映画同人誌の最後の原稿のことを聞かされ…

今回のテーマは父と息子ですね。永遠のライバルで確執を抱えてしまうとやっかいな存在。主人公も父親の最後の原稿を巡って、父と自分、自分と息子との関係を見つめ直していきます。
それにしても、同人誌の版がまだ残っていたなんて、弓子さんのおじいさん、よほど片山さんの父親とその雑誌に思い入れがあったのでしょうね。

活版印刷が人と思いをつないでいく三日月堂。三日月堂に来たお客さんは、弓子さんとの出会いによって、自分の進むべき方向を見出していきますが、弓子さん自身にも、なにかいいことが起こってほしいな、と読者としては思うのです。

活版印刷三日月堂シリーズ


『活版印刷三日月堂 雲の日記帳』
『活版印刷三日月堂 庭のアルバム』
『活版印刷三日月堂 星たちの栞』
『活版印刷三日月堂 海からの手紙』
『活版印刷三日月堂 星たちの栞』
『活版印刷三日月堂』の舞台を訪ねて

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