おうち時間に読みたい、閉鎖空間系小説・まんが

2020.05.04 Monday

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    みなさま、長らくごぶさたしておりました。

    更新がだいぶ空いてしまい、申し訳ありません。

    この数ヶ月何をしていたかというと、あまり詳しくは書けませんが、とあるハラスメントを受けたことがきっかけでメンタルをやられたため、休養に入ってああこれから少しゆっくりできるわ、と思ったところにコロナがきて、復活しかけたメンタルがまたやられておりました。まあ、今は元気は元気なのですが。

    なにせ私はHSPなもので、辛いことに弱い。コロナの悲しいニュースに不安を感じ、鼓動が激しくなったりと、落ち着かない日々でしたが、とにかく今は自分ができることをやっていくだけ、と思い、毎日を乗り越えています。


    閉鎖空間で育った人々の想像力


    外に出ない生活が長くなると、なんだか自分がSFの登場人物になったような気分になります。ドーム都市に住んでいて、そこ以外は戦争とかウイルスが蔓延しているしているとか、あるいは科学者の実験空間に住んでいて、それを知らないだけだったり。さまざまな妄想を浮かばせて少しでも楽しく過ごすようにしています。

    そうした閉じ込められ系のモチーフは、小説や漫画でも古今東西使われていますので、今回はそうした一部の空間でのみ生きている人間たちの物語をご紹介します。

    閉鎖空間で生活する人々は、私たちが当然知っている情報を知らない。知っている私たちは「神の視点」を手に入れていて、「知らない人」が想像する世界を楽しめる。

    それはなんとも残酷で、贅沢なことだと思うのです。

    『びっくり箱』レイ・ブラッドベリ


    世界は自分の住む屋敷と周囲の森だけ、それ以外は恐ろしい死の世界ー。そう母親に教えられて育った子どものお話。
    子どもは誕生日のたびに音楽室や調理室、部屋の鍵を与えられ、世界の秘密を手に入れていく。
    けれども成長すると外の世界に興味を示していき…

    お屋敷の1階を「低地」最上階を「高地」と呼び、部屋と庭だけが世界って、一体どんな気持ちなんだろう。




    『孤島の鬼』江戸川乱歩


    エログロ、BL、殺人事件に脱出、謎解き、江戸川乱歩の傑作「孤島の鬼」は読みどころが満載なのですが、中でも私が心を惹かれたのは蔵に住むシャム双生児の女の子・秀ちゃんです。

    秀ちゃんは蔵に軟禁状態で育てられているのですが、双子の片割れ(人工的に作られたので血はつながってない)吉ちゃんは愚鈍で暴力的なのに対し、秀ちゃんは聡明な女の子らしく、哀れに思ったじいやさんがくれた雑誌で、かなり正確に「外の世界」のことを把握していきます。

    実はこの秀ちゃんは後に意外な出自が判明するのも、その後の展開も驚かされました。




    『FELICIA(フィリシア)』エイリアン通り特別編


    80年代の名作漫画「エイリアン通り」の特別編として描かれた読み切り漫画『FELICIA(フィリシア)』は、エイリアン通りの主人公・シャールくんが「女優」として撮影された映画のストーリー。

    小さいときから外に出たことがなかった少女・フィリシアが、父親に反発して家を出ていた青年ランディと出会い、外の世界について知っていく物語。

    純真無垢で(天然な)フィリシアの素朴な疑問や行動に影響を受けたランディも、働くことや家族との関係を見直していくのですが、フィリシアがとにかく一般常識がなくて面白かったです。でも憎めないんですよ。
    このゆるふわ系女子を、あのシャールくんが演じていると思うとまた面白かったです。



    『白銀の墟 玄の月』第四巻 感想(ネタバレ)

    2020.05.03 Sunday

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      『白銀の墟 玄の月』第四巻、いよいよ、いよいよこの壮大な物語も完結します。
      第三巻の終わりで驍宗さま発見!李斎さんも探索の途中で潜伏していた仲間を見つけたり、泰麒も少しずつ政務ができるようになってきた。あとは兵を上げるだけ!

      と、思っていたらところがどっこい、そう簡単にはいかないのでした…



      ここでも絶妙な伏線の回収


      これまで要所要所で登場した驍宗様にゆかりの轍囲の家族。彼らが少ない蓄えから捧げた供物が驍宗さまの命を救い、幼い娘が備えた鈴が驍宗さま脱出の重要なアイテムとなりました。

      そのことを、あの少女に伝えるすべがないことを、読者は歯がゆく思うのです。

      また、反阿選勢力の旗印である「白幟」「墨幟」が最後の最後に意外なところで現れたり、戦は塀の数で決まるといった言葉が、ここにいたって阿選に対抗する数が集まったことで反撃が可能になったことが裏づけられたりと、細かい伏線回収が絶妙です。

      俯瞰の視点


      読みどころだらけの『白銀の墟 玄の月』ですが、私が特に好きなのが阿選の軍に追われて驍宗と李斎が逃げるところです。

      最初、妖魔の大きな口や仲間が妖魔に体を持っていかれる残酷なシーンをズームで描いたと思ったら、最後はまるでカメラがズームアウトしていくように、驍宗さまが捕まった場面は遠くから描かれていて、その分、不安が増していくような描写がすごく印象に残っています。


      次期戴王は李斎さんでいいんじゃないだろうか


      この人の行動が、戴国の命運を決めたと言っても過言ではない。驍宗さまが斃れたら(考えたくないけど)李斎さんが次の王なんじゃないか。

      驍宗さま探索は、そのことごとくが空振りに終わったかにみえました。土匪の協力を得て廃坑をしらべ、荷が運ばれた場所に行けば、それは玉だったし、有力商人からも情報は得られない。挙句の果てには、驍宗らしき人物が死んだとの情報も。

      しかし、李斎さんはそれでも諦めません。困難の中でも相手の立場を理解し尊重し、諦めずに行動をおこしたことで、少しずつ仲間や情報が集まっていきます。

      結局のところ、ならずものの土匪でも見捨てず援軍に向かったおかげで、驍宗さまと再会することができたわけですし。驍宗さまが捕まっても、愛する騎獣を失っても、この人は前に進もうとするんです。それは、これまで失ってきたものがあまりに多いからなのかもしれません。

      以前は戴国のために慶国を犠牲にしようとも考えた李斎さんですが、自らの闇に打ち勝ったことで道を開くことができたのでしょう。


      残された謎


      結局のところ、琅燦はどこまで阿選を操っていたのか。妖魔をあっせんしたり、入れ知恵をしたりする一方で、泰麒に味方する行動をとってみたり、どうも一貫していない。しかし、人間の行動なんて残酷さと善良さを併せ持つのが当たり前ですし。

      もしかすると琅燦は「実験」のつもりだったけれど、阿選の意に反した行動や、偶然が重なって自分の手からコントロールが離れてしまったことで、彼女なりに事態を収拾しようとしたのかもしれません。

      そして今回、彼女を満足させた「実験の結果」があるとするなら、それはは泰麒じゃないでしょうか。麒麟にあるまじき殺生に手を染めてまで国を、王を助けようとするその行動力に琅燦は「やはり化け物だったな。」とつぶやきます。

      それが否定なのか、称賛なのか。そこも釈然としないところが琅燦らしいですね。

      『白銀の墟 玄の月』今回の山田画伯の挿絵はほとんどが俯瞰で描かれてるのですが、唯一、琅燦だけがその肖像が間近に描かれているんです。これだけでも彼女がこの物語に占める役割を表しているようです。
      あるいは彼女だけ規定の「外」にいるということなのかも…。




      市井の人々


      ほんとうに、なんど読んでも涙が溢れてしまう。読みどころも心をうつ名言も。泰麒や李斎たちといった国を動かす人だけじゃなく、驍宗に助けられた轍囲の生き残りや最初に泰麒をたすけてくれた東架の人々、道士や神農、そうした一人ひとりが短い文章ながら丁寧に描かれていて、彼らが必死に生きる姿がもう、胸に迫るんですよ。

      特に、神農の酆都が作った「墨幟」の幟がざあっと遠くまで掲げられる場面では、ああ彼の死は無駄じゃなかったんだなあ…って(´;ω;`)

      一方、阿選に反旗を翻すわけでもなく、状況に流されて嘘をついたり驍宗さまを攻撃しようとする民もいるわけですが、それもまたわかるんですよ。

      巻き込まれたくないし、自分たちを不幸にしたんだ、といわれたら王だって攻撃したくなる。それでも、彼らを攻めることはできないのも、李斎さんや驍宗さまはわかってるんですよね。

      今こそ、十二国記を


      2020年、こちらの世でも厳しい状況が続きます。誰かを攻撃したくなるし、世の中を恨みたくなる。そういうときこそ十二国記を読むとすごく救われます。

      過去が現在を作る。ならば、今が未来を作るのだ。たとえ繋がりは見えなくても。



      読み終わって


      小野不由美主上には感謝しかない。よくぞここまで書いてくださった…ほんとそれだけです。
      どうかくれぐれもお身体をお厭いください。
      そしていつかまた、十二国の物語が読めたらうれしいです。


      『白銀の墟 玄の月』第三巻 感想(ネタバレ)

      2019.12.01 Sunday

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        前半で暗中模索にみえた泰麒の白圭宮での奮闘と李斎の驍宗探索。しかし、今回、すべてがつながりました。

        これまで登場人物たちはもちろん、読んでいる私たちの前にも覆われていた霧が少しずつ薄れていき、その霧の先には、皆が待ち焦がれたあの方がいたのです。

        物語の構成も、これまで章ごとに泰麒側と李斎側それぞれの視点で物語が展開してきましたが、3巻では互いの物語の間隔がどんどん狭まっていき、前半の伏線が、少しずつ、確実に回収されていくのです。
        本当に、ページをめくる手が止まりませんでした。




        泰麒の六太化


        前半では、単身、白圭宮に戻りあろうことか、「新王阿選」を宣言した泰麒。このハッタリと度胸は陽子のようだな、と思ったものですが、今回もまた、ひとりで阿選に直談判しに行ったり、捕らえられている正頼に会いに行ったりと、麒麟にあるまじき行動にでます。

        今回は延麒・六太くんの(破天荒な)行動力が加わったかのようですね。

        「麒麟」という生き物は殺生を嫌い、血を嫌います。それは血や穢を浴びると病気にもなるくらいです。
        しかし、泰麒は正頼の牢に忍び込む際、門番を攻撃するなど、自ら行動に打って出ます。それほど切羽詰った状況ということもあるのでしょうが、彼の行動原理には蓬莱(日本)での悲惨な経験が影響しています。

        「魔性の子」という作品では、泰麒を守るため使令が暴走したため、周囲の人間や両親も虐殺された過去を持ちます。泰麒はいまもその罪を背負い、彼らの死を無駄にしないために文字通り身を削って戴を救おうとします。



        巌窟王・驍宗


        さて、長いこと行方知れずで、最大の謎だった驍宗さまの行方ですが、なんと灯台もと暗し!李斎さんたちが散々さがした函陽山の落盤で閉じ込められていたのです。まさに巌窟王…、閉じ込められたくらいで諦める驍宗さまではなく、コツコツと岩をのぼり、脱出を試みていたのです。

        しかし、いくら不老不死の仙とはいえ、食べないと死んでしまうのですが、それが、前半にでてきた貧しい親子が月に一度、捧げた供物が巡り巡って驍宗さまの元に届いていたのです。(その他にも前半ででてきた玉とかも意外な形で関わっているし…!伏線回収すげえ)

        ここでも、人の行い、思いが、本人たちの思いもかけないところで誰かを助けになっている。そんな「思い」の細い糸の一本一本が繋がり、太い縄になって驍宗さまの元にどど来ました。
        「青条の蘭」の命のリレーでのテーマがここでさらに壮大な形になって返ってきました。

        結局、人を救えるのは剣でも魔法でもなく、少しずつの、けれどもたくさんの人の思いなんですね。

        それにしても、ページの中に、本物の驍宗さまが現れたときは、思わず本をおいて目頭をおさえました。よくぞ生きていてくださった…!

        銀色の髪の亜里沙
        山の中に閉じ込められるというシチュエーションは巌窟王というより、和田慎二さんの「銀色の髪の亜里沙」を思い出しました。これは少女が洞窟に閉じ込められ、そこで得た知識で復讐を行う物語。「銀髪」というのも同じだし。



        マッドサイエンティストと逆臣


        ここへきて初めて阿選の行動原理が明かされます。驍宗との良きライバル関係だったものの、先王が崩御したことで、そして、驍宗が王となったことで、彼の影になってしまう恐怖。でも、それだけでは彼も行動を起こさなかったかもしれない。

        けれど、彼の近くには恐ろしく聡明で、天の摂理を意に介さない琅燦がいたのです。どうやら琅燦は阿選に具体的な知恵を授けることで天の摂理の「実験」を試みたらしい。

        黄昏の岸 暁の天 」を読み終わったあと、その当時私を含め、読者の一部は「陽子はいつか、天に戦いを挑むのではないか」と考えていました。天の摂理の届かない蓬莱育ちで、泰麒のことで天に疑問を抱いていたようだったからです。

        しかし、意外な形で天に戦いを挑んだのは琅燦の方でした。彼女もまた、陽子とは別の意味で天の摂理から外れた人だったから。

        サイエンティストというのは時に倫理を超えた実験に心を動かされるものですが、琅燦の場合は、どこまでが計算づくだったのか。作中、彼女の心理が語られることはなく、阿選の視点からの描写なので彼女が敵なのか味方なのかはまだ霧の中に包まれているようです…


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        『白銀の墟 玄の月』第二巻 感想(ネタバレ)

        2019.10.29 Tuesday

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          『白銀の墟 玄の月』第二巻読了。白圭宮に戻った泰麒と、驍宗を探すため文州・函陽山周辺を旅する李斎の2つの視点から物語が展開していきます。

          そして2つの視点の合間に、病気の主に仕える少年と、貧しい家の少女のエピソードが挟まれています。この2つが後にどう関係してくるのか。

          泰麒視点・白圭宮


          白圭宮に戻った泰麒は、阿選と面会。帰還を許されるものの、官吏は動かず民の救済は進まない。責任を取りたくないからのらりくらり問題を先送りにする官吏たち。

          そんな官吏たちに、麒麟とは思えない心理戦で圧力をかける泰麒。あろうことか、「阿選を新王にするためには驍宗に禅譲(自ら王の位を降りる。すなわち王の死を意味する)をさせる必要がある」とまで言い放ちます。

          果たしてそれは、民の救済を行うための方便なのか、それとも本当に…?

          しかしなんだか泰麒の行動が陽子化してますねww
          たぶんこの事件が終わったあと「胎果の王、麒麟=思いもよらない行動をする人たち」と言われそうな…



          李斎視点・文州・函陽山周辺


          驍宗が最後に消息を絶った函陽山周辺で手がかりを探す李斎一行。途中、土匪の頭目や道観の人々の協力を得て、さまざまな土地を訪れるものの、その全てが空振りに終わり、各地で民の惨状を突きつけられただけだった。

          絶望の中、数少ない希望も得た。土匪の頭目からは驍宗が行方不明になった原因となった土匪の乱の内情を知り、驍宗配下の将軍の部下・静之に出会うこともできた。

          しかし、最後にたどり着いた老安というまちで、驍宗らしい武人が匿われていたという情報を得たものの、その武人はすでに亡くなっていた…。



          混迷を極める「承」


          とにかくこの巻をひとことで言えば「混迷」です。なにもかもが不明瞭で、確かなことがなにも見えない。

          しかし、情報も人も制限され、不確実な情報ばかりの中では、疑おうと思えばどれも疑わしい。
          冢宰の趙運などは、泰麒が本当に麒麟であるのかまで疑い出す始末です。

          泰麒が戻った白圭宮では、さまざまな思惑が交錯しています。これまでの戴国編を読むと阿選は「麒麟の角を切り、驍宗から王位を簒奪した極悪人」なのですが、阿選の配下でも「新王阿選」に素直に喜ぶ者がいるかと思えば、不安を感じているものもいます。

          あるいは阿選によってうまい汁を吸ってきた連中は、泰麒が示した条件に右往左往し、なんとか阿選が王位につくよう画策するも、阿選には届かず、ますます混迷を極めていきます。

          読めば読むほど、霧が深く、なかなか真相にたどりつけない、そんな不安を掻き立てられる二巻でした。

          今後の予想


          ここからは読んでみて引っかかった部分をもとに推理してみました。

          使令が戻った?


          作中、泰麒が「上を向いて膝をついたあと、床を見つめていた」という文があり、私はここで使令が帰ってきたのじゃないかと推理しました。

          寒い庭にずっととどまっているのも、使令と連絡をとりあっているのでは…?

          不気味な鳩の鳴き声


          姿の見えない、建物の上にいるらしい鳩。この鳩がでてくるとき、どうもその周囲の人が「病む(魂が抜かれたような状態)」ようで、今回は最初に泰麒の世話にあたった平仲がその餌食となったような…?
          この鳩が阿選が行う「傀儡廻し」との関係は…?

          最大の謎


          その他にも謎の少女・那利の主は誰なのか、琅燦の狙いはなにか、白幟の母子が目指す「奇跡をさずける道士」の存在、など、謎は多いのですが、最大の謎は「驍宗様の安否と居場所」「阿選の行動原理」です。

          この二つの謎がどのようにして解かれていくのか、それとも謎のままなのか…



          第四巻の表紙は阿選なんですかね…?彼を倒せばハッピーエンド、そんな近頃のファンタジーでは片付けられないのが十二国記の残酷さであり、魅力なんです。




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          『白銀の墟 玄の月』第一巻 感想(ネタバレ)

          2019.10.21 Monday

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            『白銀の墟 玄の月』第一巻、読了。圧倒される世界観と、そこに生きる人々の詳細で丁寧な描写、次の展開がまちきれず、ページをめくる手が止まらない。久々にそんな思いをさせていただきました。

            現代のファンタジーと十二国記が違うのは、ここでは魔法やアイテムでラスボスを倒せば解決する、という単純なものではありません。理不尽な状況を変えられるのは唯一つ、人間たちの思いだけなのです。

            読んでいくうち「敵」と言われる側の人間たちにもそれぞれの思惑があること、「正義」の側にもさまざまな考えがあることが語られます。



            『白銀の墟 玄の月』第一巻あらすじ


            泰麒と李斎が戴国へ戻ってくる。途中、驍宗の麾下で将軍だった英章の部下、項梁、阿選に意見したことで滅ぼされた道観の生き残り、去思と出会い、驍宗を探す旅に出る。

            驍宗が行方不明になった当時の状況を追いながらも、行く先々で民の困窮を目にした泰麒は李斎と別れ、別行動をとることに…。

            ここからネタバレ
            いや、ネタバレしないと語れませんよ…

            泰麒の決意


            最初は李斎とともに驍宗を探すため戴に戻った泰麒でしたが、旅の途中で民の困窮を見て一つの決意をします。

            それは、宿敵である阿選のいる白圭宮に戻ることでした。旅の途中で知り合った項梁だけをつれ、単身敵の中へ乗り込み、あろうことか自分を襲った阿選が「新王」だと宣言します。

            「新王阿選」は本当なのか、それとも民の救済のための方便なのか…。そこもはっきりしません。ただ一つ言えることは「いちど地獄を見た者は強い」ということです。
            目的のためには手段を選ばない、というか、周りが驚くような豪胆な策を打ってみせるのです。

            同じく胎果である陽子、尚隆、六太も、過酷な環境下で生死の境を体験してます。
            もう、泰麒は守られるだけの子供ではなく、自らの意思で希望を掴み取ろうとする青年に成長したんですね。


            退廃の霧


            阿選の仮朝は最初こそ機能していたものの、ちかごろでは阿選は政務に飽きたのか、表舞台に出てこず、冢宰の超運が牛耳っている。とはいえ、全体の指揮があやふやで、まるで霧の中にいるような状態が続いている。

            また、官吏がいつの間にかいなくなり、傀儡のような意思のない者たちが宮中をうろついている。

            読んでいるうち、あれ?この状態はどこかで読んだことがあるような…?たしか柳でも同じように王が政務を放棄し、官吏が好き勝手を始めていなかったか?

            この状態は阿選の仕業なのか、それともなにか大きな不具合が十二国に起こっているのか…?謎が深まります。




            『風の岸 迷宮の海』十二国記2 小野不由美

            2019.10.20 Sunday

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              おもえばこれが、これまでの彼の人生の中で、一番幸せだった時かもしれない。
              このあとに彼の運命を思うと、そう思わずにはいられません。

              十二国記とは


              ここで十二国記について軽くご説明を。
              十二の国からなる異世界。そこでは生き物は卵から生まれる。それぞれの国に王がいて、王は麒麟が選ぶ。麒麟とは仁のけもので、人にも獣にも姿をかえられ、世界の中心部に位置する黄海で生まれる。

              ときおり「触」と呼ばれる突発的な嵐により、卵は異世界「蓬莱(日本)」「崑崙(中国)」に流される。

              『風の岸 迷宮の海』主人公・泰麒も、卵のうちに「触」で「蓬莱」流されてしまいます。




              『風の岸 迷宮の海』あらすじ


              高里要は祖母の折檻でだされた冬の庭で、白い腕に引かれて異世界にやってきた。蓬山と呼ばれるその場所で、自分は本当は「こちら」で生まれた戴国の「麒麟」、泰麒であると聞かされる。

              「あちら」では、家族に疎まれ、周りとうまく馴染めないこどもだった泰麒は、すぐにこちらの世界に馴染んでいったが、麒麟としての能力が開花せず、周囲の期待に応えられないことに悩んでいた。

              しかし、無情にも月日は流れ、黄海には選定を受けるべく昇山者たちが集まってくるが、泰麒はまだ、どうやって王を選ぶのかもわからないままだった…。


              異世界は楽園か


              最近のラノベでは「異世界に転送、または転生で成功」が流行りです。
              自分とは何者なのか、もっとふさわしい場所があるのではないか。誰もがそう思い、自分の(都合のいい)居場所を追い求めます。

              しかし、十二国記は甘くない。

              「自分の居場所」は、選ばれたものにしか用意されておらず、その他の人間は異世界で苦労を強いられます。

              一方、王や麒麟など「選ばれし者」が楽をできるかというと、そうはいかないのです。
              十二国では「選ばれし者」なりの責務を、まったくの予備知識のないところから始めなくてはなりません。

              責務を負わされるのに、そのすべがわからない。泰麒はそこで悩み、自分の判断に苦しみます。

              けれど、選ばれなかった者はをひたすらそれを求め、選ばれし者に嫉妬する。

              『風の岸 迷宮の海』と対をなす、蓬莱側からの視点で描いた『魔性の子』は、「選ばれし者」と、そうでないものの対比が描かれていてこちらもおすすめです。(ホラーですけど)




              愛しいこども


              読み返してみて、結局みんなが泰麒のことが大好きですね。世話をする女仙たちはもちろん、昇山者たち、あの仏頂面でツンデレ麒麟の景麒まで。

              景麒の無愛想っぷりを心配した玄君に「景台輔は最初からお優しかったです。」って…!
              ああそりゃみんな泰麒のこと好きになるに決まってる…!

              景麒なんて『月の影影の海』で主人公の陽子を何の説明もせず異世界に拉致ったり、文句やため息ばかりのくせに泰麒に対しては自分の言葉の足りなさをわびています。

              泰麒は自分を至らないものだと感じますが、その素直さ、正直さこそが、後に彼のために十二国を巻き込んだ救出劇につながっていくんですね。

              これで、泰麒が性格の悪い子どもだったらきっと流されたままあちらで亡くなっていたでしょうしね。





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              ミュージカル風味のエンタメ時代劇[映画]引っ越し大名!

              2019.10.02 Wednesday

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                星野源さん主演の「引っ越し大名!」みてきました。もう単純に面白かった!

                1スジ(脚本)、2ヌケ(技術)、3ドウサ(演技)
                とは、日本映画の父である牧野省三が言った言葉ですが、「引っ越し大名」はそのすべてが揃ってます。

                昔懐かしい時代劇映画の味がするものの、アレンジは現代風でテンポが良くて飽きがこない、面白い映画でした。

                引っ越し大名三千里 (ハルキ文庫)

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                引っ越し大名!あらすじ


                越前松平家、書庫番の片桐春之介は「かたつむり」とあだ名される引きこもり侍。しかし突然、藩の引っ越し(国替え)の責任者、引っ越し奉行を任じられてしまう。おまけに今度の国替えは距離は増えるし石高は減少。

                先代の引っ越し奉行の娘、於蘭、幼なじみで剣の達人、源右衛門、勘定方の監物などの協力の下、断捨離、スケジュール管理、費用の算出など、書物ヲタクの春之介の知恵で、なんとか引っ越し作業がすすんでいくのだが…


                時代劇とミュージカル


                劇中、なんと歌がでてきます。犬童監督「のぼうの城」で主演をつとめた野村萬斎さんによるコミカルな「引っ越し唄」や藩士の妾が歌う別れ唄など。時代劇に歌?と思われるかもしれませんが、これが案外合うんです。

                昔はこうしたミュージカル調の時代劇がジャンルとしてあって「鴛鴦歌合戦」「狸御殿」などの傑作も作られました。だから一周回って新しくて面白い。主要な登場人物たちは歌えるひとたちですものね。高畑充希さんの伸びやかな歌声は本当に素晴らしかった。

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                欲をいえばミッチー殿にも歌わせて欲しかった。なんたって殿は毎年ワンマンショーで歌って踊ってクルクルターンをなさっているので。

                殿は現世でもキラキラしています…。

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                魅力的な登場人物たち(ここからネタバレ)


                とにかく、登場人物たちがみんな魅力的。引きこもりの書物オタクの春之介、その幼なじみでこちらは戦闘ヲタクの源右衛門、しっかりものだけど、ちょっとマイペースなヒロイン於蘭はその言動で春之介はドギマギさせます。

                高畑充希さんの於蘭、かわいかったです。ちょっとツンデレで、意表を突く間のとり方が魅力的でした。

                そして、殿!なんといっても及川光博さんの殿!実はミッチーさん、なよっとした(男色の)役って案外やってないのでファンとしては逆に新鮮でした。御手杵を振り回す源右衛門に駕籠のなかからキャーキャーいってるところが可愛らしかったww


                全員がそろうまでが引っ越しです


                物語のクライマックス、公儀隠密との大バトル(高橋一生が御手杵をぶん回すシーンは圧巻)を繰り広げて大団円かと思いきや、その後も少し物語は続きます。その後も引っ越しを繰り返す間に春之介は一児の父に。

                あれ?まだ続くの?と思ったら、ほんとうの意味での「引っ越し」は終わってなかったんですね。
                百姓として姫路に残した藩士たちを再び迎えるまでが「引っ越し」だったんです。何度も国替えをして、10数年後、ようやく石高が加増されて彼らを迎えることができることに。

                最後に殿様が百姓として生きてきた山里の汚れた手を握るところは、本当に泣けた。約束を反故にすることもできた。けれども「かたつむり」と言われた男はあきらめず、少しずつ道を進めて目的の場所にたどり着いたのかもしれない。

                蓮丈那智フィールドファイルIV 『邪馬台』北森鴻

                2019.09.11 Wednesday

                0
                  民俗学ミステリ・蓮丈那智フィールドファイル初にして最後の長編『邪馬台』読了。異端の民俗学者・蓮丈那智が邪馬台国の謎に挑むと同時に、謎の文書「阿久仁村遺聞」にまつわる滅びた村の秘密に迫ります。

                  あとがきには作者・北森鴻氏の急死により途絶えた物語を、氏のパートナーだった作家の浅野里紗子氏があとを引き継ぎ完成させたとありました。

                  未完の、それも結末が残されていない作品を引き継ぐのは並大抵の覚悟ではなかったでしょう。
                  しかしこうして物語を世に出してくれた作者と関係者の方々には感謝しかありません。

                  今回、私が興味深かったのは「阿久仁村遺聞」よりも那智先生による邪馬台国の推理です。確かに、このように考えれば邪馬台国の位置についても説明がついてしまうのです。



                  邪馬台国とは何か


                  邪馬台国に関しては古くは江戸時代からその「場所はどこか」について論じられてきましたが、那智先生は「そんなものは考古学者にでもまかせておけ」と言い放ち、独自のアプローチを試みます。

                  それは「邪馬台国はどこか」ではなく「邪馬台国とは何か」、そんな国家であったかというものです。那智先生の推理によると、古代の国家は当時最強のテクノロジーである「鉄」の製造が密接に関わっているのだとか。

                  「鉄」は武器として持てば強大な軍事力となり、農具に使えば農業技術が向上することで食べること以外の余力、「酒」を作り出すこともできる。

                  邪馬台国とは、「鉄」と「酒」がキーワードとなるのではないか。
                  そこに、助手の三國くんが提唱する「滅びの民俗学」説を加えると…。もちろん、実証されない推理ではあるのですが、歴史外の視点から邪馬台国を捉えるとこんな風にも考えられのか、と改めて那智先生の思考力に驚かされました。

                  奇しくも有名な『銃・病原菌・鉄』でも、古代、鉄がもたらす生産性の向上と、その余力で国家が形成されると書かれていました。

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                  アバンギャルドとロボット時代劇『戦前日本SF映画創世記: ゴジラは何でできているか』

                  2019.08.27 Tuesday

                  0
                    昭和29年『ゴジラ』という前人未到のSF映画が完成するまで、日本映画はどのようにしてSFの表現を模索してきたか。

                    日本映画の黎明期の稚拙なトリック映画から、キングコングに影響を受けた和製映画、はたまたアマチュアの自主制作まで、さまざまなフィルム・資料を調査し、日本のSF映画のルーツに迫るドキュメントです。

                    マニアックなテーマではありますが、戦前映画、SF映画が好きな人にはたまらない内容です。



                    アバンギャルド映画「狂った一頁」


                    日本SF映画の黎明期は、SFの物語が一般的ではなく、撮影テクニックにその後のSF映画に通じる系譜をみています。
                    最初に挙げられるのは大正時代に作られた「狂った一頁」という実験映画。

                    精神病院を舞台にした幻想世界を、最新の撮影技法を使って作られたものですが、これが怖い。直接脅かす感じではないけれど、モノクロ、能面、狂人たちなど、見ているだけでゾッとします。

                    興味がある方はYou Tubeにもありますので見てみてください。夜見ると眠れなくなりますが…

                    この映画には多重露光やオーバーラップなど、当時革新的な技術が使われています。若き日の円谷英二(当時は英一)も参加していました。


                    なんでもありのSF時代劇


                    昭和に入るとようやくSFの概念が定着しつつあり、アメリカの「キングコング」が上映されると日本でも「和製キングコング」など亜流の作品が作られますが、着ぐるみをつかったチープな映画が量産されました。

                    当時、映画は花形産業だったため多くの映画プロダクションが乱立。中小の映画会社は予算もなく、チープさを逆手に取ってなかなかおもしろい映画を撮っていました。時代劇にロボットを登場させたり、侍と河童を戦わせたりと、チープなのですが、スチール写真を見るとなかなかおもしろく、ちょっと見てみたいと思うのですが、こうした戦前のB級映画は殆どが現存せず残念。

                    紛失やパクリは日常茶飯事。戦前の映画事情


                    しかし、こうした戦前映画の調査は大変に難しいのだとか。なぜなら『紛失やパクリは日常茶飯事』だったからです。

                    同じ著者の『映画探偵: 失われた戦前日本映画を捜して』を読むと、戦前は映画のフィルムを上映側が勝手に編集したり、パクったり、捨てちゃったりが普通に行われていたのだとか。もちろん、戦争による紛失も多いのですが、そうした事情で正確なストーリーもわからないSF映画が多いのは残念です。

                    映画探偵: 失われた戦前日本映画を捜して

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                    そんな中、お金持ちの趣味で撮影したアマチュア映画の方が商業映画より保存がよく、クオリティが高い映画があるのだそう。


                    円谷英二がゴジラを創るまで


                    円谷英二の師匠・枝正義郎がつくった幻の映画「大仏徘国」は、大仏が起き上がり街を歩くというただそれだけの映画なのですが、スチール写真はインパクトが強く、見てみたくなります。ただこれもフィルムが残っていません。2018年にリメイクされましたが、映像をみると牛久大仏が歩いたらこんな感じではないかと。

                    大きな存在が徘徊する、というのは「ゴジラ」と通じるものがある気がします。



                    円谷英二は「ハワイ・マレー沖海戦」という戦争映画であまりに精巧な模型を作ってしまったがために、GHQが本物だと信じ込み公職追放なったり苦労したけれど、ちゃくちゃくと特撮技術を磨き「ゴジラ」を作り出しました。

                    こうしてみると、SF映画の黎明期は試行錯誤、遅い歩みではありましたが、その遺伝子は少しずつ蓄えられ、やがて「ゴジラ」でカンブリア紀の生物のごとく大爆発をおこした、そんな風に感じました。

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                    もしかしたらこれは、新しい世界の新しい神話なのかもしれない。[映画]天気の子

                    2019.08.19 Monday

                    0
                      新海誠監督の映画「天気の子」鑑賞。「君の名は。」はラブストーリーでしたが、「天気の子」はラブストーリーだけじゃなくて、世界のあり方について考えさせられる物語でした。

                      さて「天気の子」のストーリーですが、クライマックス以外は、ほぼ予告編や紹介映像のとおりです。ただ劇中の「世界の形を決定的に変えてしまったんだ」の本当の意味を知ったときは衝撃でした。

                      「若さ」は無謀


                      正直、この話は世代によって見どころが違うかもしれません。中年の私が見ると若者たちの無謀さが心配になりました。家出少年の帆高は、「東京に来たらなんとかなる!」と甘い考えですぐ行き詰まってしまったし。

                      帆高くんの家出の理由も映画では明確にされていません。小説だとそのあたりのことも書かれているらしいので読んで補完したい。


                      困窮する陽菜を助けようと、「晴れ女ビジネス」初めたときも「おいおい、これじゃあいつか、しっぺ返しをくらうぞ」とおばちゃんは心配してしまったのです。

                      だって、神との契約には古今東西、「代償」が必要なのだから…

                      神なき世界の新しい神話(ここからネタバレ)


                      雨乞いや洪水、地鎮など、神との契約の代償として、昔から人は神へ供物を捧げてきました。民俗学や歴史学によると、それらはたいてい「人柱」、人の命です。

                      諸星大二郎のマンガ「詔命」は、地震を抑えるため人柱に選ばれてしまった男の話ですし、泉鏡花の「夜叉ヶ池」は、神との契約を守る娘が、村人の間違った生贄信仰によって辱めを受けそうになります。

                      天候をコントロールできる陽菜もまた、巫女であり神への生贄となる運命でした。それを帆高は奪い返してしまいます。普通の神話ならば「人柱」を助けたものは「英雄」となるのですが、帆高はクシナダヒメを奪い返し、ヤマタノオロチを退治したスサノオのような神でも、英雄でもない。

                      だから、ふたりは世界の形を決定的に変えてしまうのです。その代償として、雨が続いた東京都心は水没してしまう。

                      彼らはもう神の助けを得ることはできず、自分たちが変えてしまった世界を受け入れ、新しい世界の、新しい神話をつくっていくのかもしれない。

                      沈んでしまった東京と、そこで現実を受け入れて生きる人々は、近年頻発する災害を暗示しているようにもとれました。

                      世界が変わってしまったら、自分たちはどう生きるのか。
                      そんなメッセージを投げられた気がして、映画を見終わったあとも、世界のあり方を私は今も考えています。


                      泉鏡花の「夜叉ヶ池」も、神との契約よりも恋人を選んだ男女が描かれます。封建的な明治時代では契約を破ったことで悲劇的な結末を迎えてしまいます。
                      令和時代の「天気の子」では、神よりも人を選んだ主人公たちがはき残ります。そこが現代的な夜叉ヶ池みたいだなと思いました。



                      JUGEMテーマ:漫画/アニメ