民俗学とミステリはよく似ている『触身仏』北森 鴻

2019.07.26 Friday

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    美貌でクールな民俗学者が解き明かすのは、昔も今も変わらない人間の「業」かもしれない。蓮丈那智フィールドファイルも2冊め。このシリーズの面白いところは現実の事件と、民間伝承の中に埋もれた事件、その両方の謎が明らかになるところです。

    民俗学は正規の歴史書に書かれないような地方で「その時そこで何があったか、なぜこうして残ったか」を検証し、推理していく学問です。

    昔の農村では生存それ自体が難しいため、生き延びるために村人たちは間引きや姥捨て、人柱など、現代の感覚では考えられないような壮絶な虐殺が行われていました。

    それを残したい思いと、知られたくない思いが相反し、時に人や現象を変化し逆転させ、元とは異なる伝承として伝わる。それを解き明かしていく作業が民俗学はミステリのようでもあるわけです。




    触身仏─蓮丈那智フィールドファイルII あらすじ



    「秘供養」


    人里離れた場所に作られた五百羅漢の謎。「なぜ、この場所に、こうした形で残るのか」には理由があり、これが解かれたときの恐ろしさといったら…!

    「大黒闇」


    大学に潜む恐怖を描いた話。大学内のカルト宗教、催眠術のように相手を操る教主のおそろしさといったら、助手の三國くんまで危うく入りそうになるほど。でもそれを制した蓮杖先生の「無用!」の一言かっこよかったですねえ。

    「死満瓊」


    学者同士のディスカッションの場で殺人事件が発生。死体の隣には蓮杖先生が意識不明で発見されてしまう。「三種の神器」のひとつ、勾玉についての考察が語られます。

    鏡は鬼道(占い)、剣は軍事力、勾玉は日本神話にでてくる海の満ち引きを支配する玉から、治水事業であると考える説が興味深いです。ヤマタノオロチ退治も、水に住むオロチを川の氾濫に見立てた治水事業という説もあるのだとか。神話に秘められた歴史的な解釈、面白いですね。

    「触身仏」


    即身仏とは食を少しずつ絶ちながら絶命するまで念仏を唱え、その亡骸を仏として祀る修行。その即身仏にまつわる物語。本来里の近くに祀るべき仏が集落と異なる場所に安置された意味とは…。実際にフィールドワークでその場所や地形を見ることで、全く違った側面がみえてきます。

    「御蔭講」


    わらしべ長者の物語と「講」と呼ばれる昔の相互扶助システム(沖縄にはまだ残っている)との関連性。わらしべ長者のように、より多くを得るために狂ってしまった男の話とリンクしています。



    蓮丈那智フィールドファイルシリーズ


    「凶笑面」

    八咫烏シリーズ外伝「なつのゆうばえ」阿部 智里

    2019.07.19 Friday

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      八咫烏シリーズ外伝「なつのゆうばえ」読了。八咫烏の帝「金鳥」の皇后である「大紫の御前」の物語です。
      この外伝が始まってからせひとも「大紫の御前」の物語がよみたいと思っていました。

      なぜなら、八咫烏シリーズの「大紫の御前」といえば、主人公の若宮と敵対するラスボス的な女性だから。そんな敵役の彼女を、別の角度から見たらどんな物語が潜んでいるのだろうか…と思っていたんです。

      この外伝シリーズは、本編では描かれなかった登場人物のバックボーンや心情を細やかに描いてくれるため、外伝を読んでからまた本編を読むことで物語をより深く感じることができるんです。

      「なつのゆうばえ」あらすじ


      小さい頃から「南本家の姫」として、誇りと振る舞いを叩き込まれてきた夕蜩は、やがて「金鳥」となる若宮に嫁ぎ、皇后となるため運命づけられていた。しかし、夫となる若宮は愚鈍で彼女を嫌い、唯一彼女を愛してくれた両親もなくしてしまう。

      生きる意味さえ失いかけた中で、彼女が見つけたのは…


      彼女の行動原理は意外なところにあったのですね。誰も信用ができない、だれも愛せない世界で、彼女が手に入れた行動原理ははたから見ると歪んでみえるかもしれませんが、それこそがたったひとつ、彼女に残された「自由」だったのでしょう。

      そんな複雑な人間模様と対をなすように、夏の庭、ゆうばえの描写がとても美しくて、匂いまでも感じられるようでした。

      「愚鈍な皇帝に賢い皇后」という構図に、ロシアのエカテリーナ2世を思い出しました。ダンナがアホだと権力と別の愛人くらいしか頼るものないものなあ…




      『烏百花 蛍の章 八咫烏外伝』は、電子書籍版の短編と書き下ろし2編を加えた外伝集



      八咫烏シリーズ


      『烏に単衣は似合わない』
      『烏は主を選ばない』
      『黄金の烏』
      『空棺の烏』
      『玉依姫』
      『弥栄の烏』
      外伝『すみのさくら』
      外伝『しのぶひと』
      外伝『ふゆきにおもう』
      外伝『まつばちりて』
      外伝『あきのあやぎぬ』
      外伝『ふゆのことら』

      国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展

      2019.07.18 Thursday

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        「なんだかわからんが、美術館てのは、こう…、たまらなく、わくわくするものじゃないか」(原田マハ「美しき愚か者たちのタブロー」より)

        国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展
        国立西洋美術館の収蔵品のベースとなった「松方コレクション」。散逸や焼失、フランス政府による没収、数々の困難を経て今回、貴重な歴史資料とともに松方コレクションが一堂に会することになりました。

        松方コレクション展…2019年6月11日(火)〜2019年9月23日
        2019年国立西洋美術館の松方コレクション展

        印象派を中心に、絵画、彫刻、デッサン、タペストリーなど、そのコレクションは多岐にわたります。それらはすべて松方幸次郎氏が「日本の若者のために」美術館創設を夢見て集めたものでした。

        「アルルの寝室」フィンセント・ファン・ゴッホ


        今回の目玉はなんといってもゴッホの「アルルの寝室」でしょう。ゴッホの絵は戦後、「敗戦国の財産」としてフランス政府に没収されてしまい、現在はオルセー美術館の所蔵となっています。

        フランスが「ずるい」といえばそうかもしれませんが、日本軍も他の国の財産を奪っていたし、どちらが悪いとはいえません。戦争というものは理不尽なものです。ただ今は文化で世界がつながれるのはいいことです。うん。絵の貸し借りもけっこう盛んですしね。

        松方コレクションを描いた原田マハさんの小説「美しき愚か者たちタブロー」の中で「アルルの寝室」をこう表現しています。

        その部屋は(中略)まるで咲き誇るひまわりのごとく、黄色く燃え上がっているように見えた。


        小説を読んでから展覧会を見たので、絵の描写や歴史的背景を確認しながら鑑賞することができました。



        北方への旅とスパイ活動


        松方コレクションについては印象派絵画のコレクションだとおもっていましたが、ブリューゲルやムンクなどドイツや北欧の絵画も買っていたのは初めて知りました。実はこの買い付け旅には裏の目的(ドイツの潜水艦設計図を手に入れる)があったそうです。

        残念ながらスパイ活動の詳細は記されていませんでしたが、戦争があった時代にはこんなスリリングな展開もあったんですね。

        睡蓮・柳の反映


        展覧会の最後を飾るのはモネの「睡蓮・柳の反映」。戦時中、疎開先にあったこの絵は欠損がひどく、絵の上半分が失われています。

        国立西洋美術館では欠損部分をあえて展示しています。それは、松方コレクションが辿った運命そのものを表しているようです。また、絵の全体像は残されたモノクロ写真からデジタルでの復元が行われました。

        この絵を見た時、「美しき愚か者たちのタブロー」の言葉がうかびました。流転の松方コレクション、今では戦争ではなく文化交流によって見ることができる。それこそが松方さんの目指したところなのでしょう。

        艦隊ではなく、美術館を。戦争ではなく、平和を。




        JUGEMテーマ:美術鑑賞

        美術版プロジェクトX『美しき愚かものたちのタブロー』原田マハ

        2019.07.15 Monday

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          「取り返そうじゃないか、あのコレクションをーこの国に。」このセリフを読んだ時、涙が溢れました。絵画(タブロー)を買い集め、日本に西洋美術館をつくろうとした男と、その志を継いだ男たちの思いに、胸が熱くなりました。

          『美しき愚かものたちのタブロー』あらすじ


          かつて実業家・松方幸次郎が日本での西洋美術館建設ためにと、私財をなげうち集めた3000点にも渡る西洋美術。「松方コレクション」と呼ばれたこれらの美術品は焼失や散逸という憂き目に会い、その後、わずかに残った数百点の作品も「敗戦国の財産として」フランス政府が没収され、日本側に通達される。

          それを聞いた当時の首相・吉田茂はコレクションの返還交渉のため外交官、官僚、美術関係者をフランスへ送る。その中にはかつて松方コレクションのブレーンをつとめた美術史家、田代雄一がいた。

          田代はかつて、松方幸次郎と印象派の巨匠・クロード・モネのアトリエをたずね、そこで描かれた「睡蓮・柳の反映」を目にしていた。しかし、フランス側は「睡蓮」をはじめ、ゴッホの「アルルの寝室」、ルノアールの「アルジェリア風のパリの女たち」コレクションの中枢をなす名画の返還を頑なに認めなかった。



          タブローに魅せられた愚か者たち


          敗戦国という負け組が、巨大権力を持つな戦勝国相手に困難な交渉をおこなう、と聞くと、池井戸潤風のの逆転劇を想像しますが、さすがは原田マハさんというべきか、重きを置くのは「ビジネス」ではなく「タブロー」なんです。

          あるいは松方のタブローへの情熱と言い換えてもいい。
          松方は「わしは絵のことはわからん」と生涯言いながらも、「絵でなく人を見て買う」と言われたように、自分の信頼する人物の意見と、自らの直感で名作を探り当てていきます。

          特に、印象派の巨匠、クロード・モネの絵に感銘を受けたシーンの言葉が彼の人柄があられてています。
          私は絵のなんたるかを知りません。何もわからない。お恥ずかしい話です。けれど、私は…なんというか、先生の作品が好きです。

          この言葉は、気に入った絵は売らないことで有名だったモネの心を動かしました。

          松方のタブローへの情熱は、周囲の人々にも受け継がれていき、彼の役に立ちたいとタブローの返還に尽力する美術史家の田代、戦争中、フランスにとどまり絵を疎開させた松方の部下の日置。特に後半、日置がコレクションを守るために敵国フランスで苦闘する様子が切々と描かれています。

          絵を描いた者、その絵を後世のために購入した者、そしてそれを守り抜いた者、そんな愚か者たちがバトンのようにタブローを伝えてくれたから、今の私達は絵を「普通に」見ることができるのです。

          2019年に開催された国立西洋美術館の松方コレクション展


          返還されなかったゴッホの「アルルの寝室」のほか、他の美術館にあるタブローのほか、コレクションに関する資料や修復された「睡蓮」が展示されています。
          国立西洋美術館の松方コレクション展

          おまけ:やがて日本の美術館はフランス人がときめく存在に


          松方が開拓した美術館創設の道は後の世で花開き、現在日本には数千もの美術館、博物館がつくられており、今では本場フランス人が「ときめく」ほどのクオリティを誇っています。

          フランス人がときめいた日本の美術館

           



          原田マハ作品感想
          「リーチ先生」
          「たゆたえども沈まず」

          想像力で世界を創る[映画]マイマイ新子と千年の魔法

          2019.07.11 Thursday

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            昔の、田舎の子どもの体験すべてが詰まっている映画です。「この世界の片隅に」の片渕須直監督が手がけた「マイマイ新子と千年の魔法」は、山口県防府市を舞台に主人公の新子が千年前の世界に住む女の子を想像し、世界を作り出していく物語です。

            千年前の平安の世界と、現実の世界が交互に描かれます。新子は千年前の町の知識を知恵者のおじいちゃんから授かり、現実世界では東京から来た喜伊子と仲良くなり、喜伊子からは文化的な刺激をうけていきます。




            想像力で世界を創る


            新子のいた昭和30年代、田舎にはなんにもありません。おもちゃもテレビも映画も本も、今のように種類があるわけではない。だからこそ想像力が試されるのです。空き地は戦場や野球場に、防空壕や穴は秘密基地に。

            新子も自分の宝物を庭に埋めてガラスで覆って、自分だけの宝箱をつくっています。(妹に見つからないためでもある)このセンスがとてもすてきだでした。

            おじいちゃんの言う「千年前の町」も、石碑と田畑の水路がかろうじて面影をとどめているくらいで、遺跡や遺構があるわけじゃない。でもそこから新子は想像の平安の町をつくってしまいます。

            モノがないだけ、いくらでも空想を広げることができたのでしょうね。その想像力が、新子がこれから生きていく力になるんだと思います。

            新子がモデルにした千年前の女の子は、実際に当時赴任していた清原元輔の娘である清少納言。後の才媛も昔はおてんばだったのかもしれません。



            「マイマイ新子」には、昔の田舎の子どもの体験がすべて詰まっている


            私も田舎の子どもでしたから、新子や喜伊子が体験したようなこと、覚えがあります。

            小汚い男の子が貸した色鉛筆を不格好にしちゃったシーンは、「ああ、昔はこういう男の子いたなあ」と思ったり、転校生のお家に行くと、違う文化の雰囲気を感じ取ったり。

            ときおり田舎で起こる事件や、大人のヒソヒソささやく噂話も「そうそう!」と思いました。昔の子供の視点からみると恐ろしくゾワゾワと落ち着かない感じなんですよ。

            一緒に冒険をした友達は、ずっと一緒にいると思っていたけれど、いつの間にか別れが来てしまう。今と違って連絡がなかなかできないので、きっと一生の別れになってしまう。そんな寂しさも昔の子どもの頃だれしもが体験したことじゃないかなと思うのです。

            新子と、すずさん


            「マイマイ新子と千年の魔法」と「この世界の片隅に」この2つの物語はどこか地続きのような着がします。両作品とも、時代が10年ほどしか離れていないし、山口と広島、同じ中国地方が舞台です。主人公はふたりとも空想がすきな女の子です。

            もしかしたら、すずさんの生まれるのがもう少し遅ければ、戦争にあわずに、新子のように空想を巡らせて絵を描いていたのかも。あ、でもそれだと周作さんにはであえないか…
            この世界の片隅に

            民俗学とミステリはよく似合う『 凶笑面ー蓮丈那智フィールドファイル』北村鴻

            2019.07.06 Saturday

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              偶然にもツイッターのフォロワーさんのご縁で知った『蓮丈那智フィールドファイル 凶笑面』読了。歴史好き、民俗学好き、ミステリ好きの私にはたまらい小説でした。おまけに探偵役は美貌で才知に長けた民俗学者!これはシリーズをすべて読まずにはいられません。

              もともと栗本薫のミステリ『鬼面の研究』を読んだときから、民俗学とミステリは親和性がある、と感じていました。民俗学は地方独特の文化や風俗を研究する学問なので、僻地での「嵐の山荘」を作り出したり、動機や凶器の演出に効果的なのかもしれません。

              横溝正史のミステリも人里離れた旧家の風習が関係していますしね。



              民俗学が楽しめるミステリ


              大学で民俗学の講義をとっていたのですが、先生が個性的で独善的な物言いの人で若い頃はそれを苦手に思い、最後まで履修しませんでした。あの時マジメにやっておけばと後悔したのですが、まさか大人になりミステリ小説で本格的な民俗学に出会うことができるなんて…!

              民俗学には興味があるけど折口信夫や柳田國男などの本も読んでみたいのですが、専門書は素人には敷居が高いので、小説の中で民俗学の知識が多少なりとも学べるのはありがたいです。

              鬼の話




              タイトルの秀逸さ


              本タイトルとなった「凶笑面」をはじめ「双死神」「不帰屋」など意味深で、なにかがおこりそうな気配を感じるタイトルがつけられています。

              話を読み進めることで、それが事件のモチーフである土地の風習とうまくリンクしており、そこではじめてタイトルに込められた意味がわかり、ゾッとするのです。

              歴史とフィクションの絶妙な融合


              「マレビト」「蘇民将来」「女の家」など、民俗学の用語や伝承をモチーフに、そこに独特の解釈を加えたオリジナルの、でも「ありえそう」と思わせてくれるリアルさをかねそなえた蓮丈那智シリーズです。

              特に「明治時代の県令(知事)が立場を利用して古墳を盗掘したかもしれない」という実際の噂を「税所コレクション」という謎の、しかも恐ろしい物語の重要な因子して仕立ててしまう。それが歴史と現実のすき間をうまく編み込んでいて、絶妙というほかありません。

              触身仏 蓮丈那智フィールドファイル? (新潮文庫)

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              蓮丈那智という「探偵」


              人里離れた古い家が舞台なのに、横溝正史作品のようなおどろおどろとした情念があまりないのが新鮮でした。それは、美貌で冷徹な蓮丈那智という人物が、俯瞰的な視点で状況を判断し、冷静に推理し結果を導き出す姿が、探偵というより学者のアプローチで事件に向かうからなのかもしれません。

              ワトソン役の助手、内藤三国からみた蓮丈那智の描写も魅力的です。その美貌のために下卑た態度をとる連中には「周りの空気を硬化させ、冷却するほどの能力」を遺憾なく発揮して心を打ちのめす。

              剛気にして異端の学者。でもその魅力にはまったら(三国のように)は抗えない。そして、読者となった私も、彼女の魅力に取り憑かれてしまったひとりです。これからシリーズを読むのが楽しみです。


              写楽・考 蓮丈那智フィールドファイルIII (新潮文庫)

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              蓮丈那智フィールドファイルシリーズ


              「触身仏」

              『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ

              2019.07.02 Tuesday

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                本屋大賞を受賞した瀬尾まいこさんの『そして、バトンは渡された』読了。この話は多様性が叫ばれる今だからこそ、受け入れられたのではないかと思う。「普通」や「幸せ」は、ひとりひとり違うものだから。

                あたらしい家族のかたち


                何人もの親の間を、バトンを渡されるようにして育てられた優子。でも、それはちっとも不幸なことじゃなかったし、彼女にとってはそれが「普通」のことだった。

                昔であれば「普通じゃない=かわいそう=不幸」という単純な図式で片付けられそうな、優子の家庭事情。(実際一部の人からはそう思われている。)

                産みの母を幼い頃に亡くし、父親とふたりだった家族に継母の梨花さんが加わり、その後実の父は海外に。その後は梨花さんの再婚相手・泉ヶ原さんを経て、現在は3人目の父・森宮さんと暮らしている。

                これまでの(今も)日本の家族は「血がつながった親子が、同じ家に暮らす」ことが理想とされてきました。それが「普通」で、そこからはみ出たものは「不幸」で「かわいそう」という認識が無意識レベルですりこまれているほどに。

                でも「家族」って、「幸せ」って、大切な相手と一緒にいて楽しいのが一番大事なんじゃないかな。それを、優子とその親たちは体現して見せてくれているような気がします。



                最後の父親、森宮さん


                優子の最後の父親になった森宮さん。友達ともめていた優子に「元気がでるから」と、ひたすら餃子をつくったり、優子にピアノプレゼントしようとして断られると落ち込んでみたり。

                やがて優子が結婚相手を連れてくると「あの風来坊」といって父親らしく(?)邪険にするし。

                森宮さんが思う父親像は、残念ながらちょっとずれている。
                けれどそこがいいんだよなあ。こんな父親と暮らしてみたいと思うもの。

                しかし、血のつながらない(しかも成長した)子どもを引き取ることに戸惑いはなかったのか。森宮さんのこんな言葉が、答えなのかもしれません。
                自分の明日と自分よりたくさんの可能性と未来を含んだ明日がやってくるんだって。親になるって、未来が二倍以上になることだよって。(中略)未来が倍になるなら絶対にしたいだろう。


                この言葉のすごいところは、子供の明日を、自分の所有物と考えてないことだと思うんです。

                親は時に自分の挫折や期待を子どもに背負わせ、自分の人生の意趣返しをすることがありますが、森宮さんや梨花さん(泉ヶ原さんや実の父親も)は優子が「自分以外の未来」を見せてくれるのを、むしろワクワクして見守っている。それが、この親たちのすごいところだなあって思うんですよ。

                おまけ


                私の森宮さんのイメージは、俳優の高橋一生さんです。映像化されたら高橋一生さんに演じていただきたい…。

                瀬尾まいこ作品感想


                「おしまいのデート」
                「ありがとう、さようなら」
                「見えない誰かと」
                「天国はまだ遠く」
                「優しい音楽」
                「強運の持ち主」
                「図書館の神様」
                「幸福な食卓」

                騎士と姫君、聖職者の食べた料理『中世ヨーロッパのレシピ』

                2019.06.22 Saturday

                0
                  『中世ヨーロッパのレシピ』では、ファンタジー世界のモチーフである中世ヨーロッパの料理を、当時の調味料を使って再現しています。

                  中世料理はファンタジーでよく見かける「肉の丸焼き」など豪快な料理ばかりかと思いきや、食材も現代とほとんど変わらない、おいしそうなレシピがたくさんありました。



                  中世ヨーロッパレシピの特徴


                  食材やレシピ自体は、現代でも通用しそうなのでが、現代とまったく異なるのが「調味料(スパイス)」と「ハーブ」です。

                  砂糖はスパイス


                  とにかく、砂糖は貴重品。中東などからの輸入に頼っているので王侯貴族など、一部の富裕層しか使うことはできませんでした。「少量しか無い、貴重品」なのでスパイスの部類に入るんですね。

                  中世ヨーロッパでもケーキやパイなどスイーツもあったのですが、ではどうやって甘さを出していたかといえば、「蜂蜜」です。こちらは砂糖よりも比較的手に入りやすかったせいか、蜂蜜を使ったレシピが存在します。

                  特に「蜂蜜酒」と聞くと、ファンタジー好きの人はワクワクするのではないでしょうか。蜂蜜酒、一度呑んでみたいものです。

                  果物などもあったのですが、現代に比べると酸味が強いため、揚げたり煮込んだりして使ったそうです。(レモンのフリッターなんて料理もある)

                  教会とハーブ


                  薬草は、治療やポーションづくりなど、ファンタジー世界でも大活躍するアイテムです。ハーブは中世では主に修道院で作られました。

                  用途は食用や薬用、美容など、さまざまな用途で使われていました。現代でも修道院のハーブづくりをルーツに持つ香水や石けんなど作られ、人気を博しています。



                  ろうそくの火で食べる晩餐


                  『中世ヨーロッパのレシピ』の作者は中世料理研究のほか、中世の世界を研究されています。本書では、料理レシピの他に、中世楽器の音楽会や蜜ロウから作られるロウソクの灯で食卓を演出するなど、さまざまな試みが紹介されています。

                  暗い夜、ろうそくの淡い灯の下で食べる晩餐は、よりファンタジー世界を感じられるのかもしれません。

                  こちらは古代メソポタミアから中世ヨーロッパまで、歴史料理の紹介本


                  『歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる』

                  歴メシ! 世界の歴史料理をおいしく食べる

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                  『菓子屋横丁月光荘 浮草の灯』ほしおさなえ

                  2019.06.20 Thursday

                  0
                    小江戸・川越を舞台にした『菓子屋横丁月光荘』は、家の声を聴くことのできる主人公・守人と、人と家とのつながりの物語です。

                    2作目の『菓子屋横丁月光荘 浮草の灯』では、孤独だった守人が家の声をきっかけにして、川越の人々と縁をふかめていき、家である(はずの)月光荘とも仲良くなっていきます。



                    また、同じく川越を舞台にした『活版印刷三日月堂』に登場した「浮草」という古書店や三日月堂ゆかりの人々が登場するので、三日月堂ファンにも嬉しい展開でした。
                    ・『活版印刷三日月堂 雲の日記帳

                    家のつくもがみ


                    今回、読んでいて驚いたのが月光荘です。月光荘は守人の恩師・木谷教授から管理人を任されている古い家…なのですが、この子(と呼びたくなるのです)は守人の前だとずいぶんと「おしゃべり」なのです。

                    月光荘は最初、昔住んでいた少女が歌っていた歌を口ずさむ程度でしたが、声を聞ける守人と会話が成立するようになります。それは、まるでちいさな少女のような明るくて屈託のない感じなのです。

                    「ツカレタ」「タノシイ」など、カタコトのような言葉で守人と会話する月光荘がとてもかわいらしい。月光荘の言葉によると、家には魂のようなものがあり、他の家ともある方法で交流できるようなのです。
                    なんだか年を経たモノが变化した「つくもがみ」のようですね。

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                    家と人とのつながり


                    『菓子屋横丁月光荘』を読むまで、家はただの居住空間であり、持ち主の転居など、時期がくれば去っていくものだと思っていました。でも、この物語では家も長い年月を経ていたり、人から大切にされることで家もまた、人を大切に思ってくれているのを知って、ちょっとうれしくなりました。

                    守人のように声は聞けなくても、こうして家と人とがつながっていると考えると、家がとても愛おしくなりますね。



                    菓子屋横丁月光荘シリーズ


                    『菓子屋横丁月光荘 歌う家』
                    『菓子屋横丁月光荘 文鳥の宿』
                    レビューポータル「MONO-PORTAL」

                    五体投地と賢者の贈り物『テンジュの国4』

                    2019.06.19 Wednesday

                    0
                      チベットの暮らしを描いた『テンジュの国』。毎回チベットの風俗や習慣などを紹介してくれています。
                      そして主人公の医師見習い少年のカン・シバと、異国の少女ラティとの恋物語がほのぼのとしていて、かわいらしいのです。




                      放生と巡礼と沐浴


                      今回のチベット風俗は放生と巡礼と沐浴です。
                      放生とは、よく働いた馬などの家畜を野に放ち、余生を自由にすごさせることで、こうすることで徳を積むチベット武侠の教えです。放してから戻ってきた家畜はそのまま家で飼ってもいいのだとか。

                      巡礼は聖地ラサやその先のカイラス山まで、「五体投地」と呼ばれる体を地につけて祈りながらすすみます。巡礼中は欲や嘘をついてはいけない、川を渡るときは川の幅分、手前で五体投地を行う、など細かいルールが定められています。

                      偶然、巡礼の一行にであったカン・シバは怪我をした巡礼者を手当するのですが、巡礼を行う人の助けになるのも功徳になるというのは、日本の八十八ヶ所めぐりと似ていますね。

                      沐浴は夏に川で行われます。しかし、寒いチベットのことですから夏とはいえ川の水は冷たく、乾燥もしているので年に数回でいいのでしょうね。この沐浴のタイミングで服を着替えるそうです。


                      カン・シバとラティの賢者の贈り物


                      薬草が大好きなカン・シバと染め物や縫い物が好きなラティ。ふたりとも周りからちょっと変わっている子(でも愛されている)なのですが、お互いのことを思いやり、ラティがカン・シバの薬入れを縫うと、カン・シバはお礼にと染料の紫根をプレゼントします。

                      おたがいの好きなものがわかっていて、贈り合えるのは、Oヘンリの「賢者の贈り物」を思い出し、ほほえましいです。

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